仕事で訪れたある会社のエレベーターの中に小型の液晶モニターがあって「仕事の話は厳禁」の文字が流れていた。エレベーターには誰が乗っているか分からない。うっかり秘密情報が漏れないようにとの注意だ。別の会社では、狭い空間でもあることだし大声で話していては周りの人に迷惑だからと「私語は一休み」と優しくマナーを促すステッカーを見たこともある。基本的にエレベーターの中ではひっそりと過ごすことになっているらしい。
一方で米語にはelevator talk/pitch という表現がある。もともと起業家がベンチャー・キャピタリストに対し、エレベーターで乗り合わせた1分ほどの時間で、自分の事業に関心を持ってもらうためにいかに効果的なセールス・トークができるかを指したらしいが、今ではビジネス・ミーティングで顧客の興味を引くための最初の短いまとめや、求職活動で自分を売り込む自己紹介についても使われる。驚くのはこれが大学の講義や企業研修の一環として演習の対象になっていたりすることだ。
もともとアメリカの英語教育では小学校から効果的なコミュニケーションという要素が重視されていて、show and tell という、自分の自慢の品を学校に持っていってそれをクラスの皆の前で説明するという時間があったりする。子供のころから鍛えられているわけだが、社会人になってもさらにそれに磨きをかけようというのだからどん欲だ。動詞の elevate は高める、持ち上げるという意味だから、うがった見方をすれば自分の立場を引き上げてくれるかもしれないのがエレベーター・トークだと言うのは、ある意味よく出来ている。
スケールはかなり小さくなるが、物理的に持ち上げてくれるelevator shoes なるものもある。ひっそりというよりこっそりかかとを持ち上げてくれるシークレット・シューズのこと。人前で靴を脱ぐ習慣がない欧米では、ばれる心配がない。
(「毎日フォーラム 日本の選択」2009年5月号掲載)