他人の靴で歩く距離

 「いつやるか?今でしょう!」で一躍時の人となった東進ハイスクール講師の林修先生が、子育てに悩む母親達相手に子育て論の授業を行うというテレビの企画があった。何気なく見ていたのだがさすが有名予備校の人気講師、なかなかの説得力だ。でも参加者の言葉の端々に「子育てしていない人に言われても・・・」的な感想が見え隠れし、やっぱり未経験者の言うことは簡単には納得できないのだなと再認識した。でもそれって、ちょっと残念なことだ。

 シンパシー sympathy という言葉がある。他人の立場を理解して同情したり支持したいと思う感情を指す。英語では良く Try and put yourself in his shoes. 「彼の身にもなってみたら」と靴を使って表現する。ところが人間の共感能力はそこでは止まらない。エルビス・プレスリーは靴を履かせるだけでは不十分とばかりにそのまま1マイル歩け Walk a mile in my shoes. と歌った。

 求められているのはより高次の共感、感情移入に近い empathy である。小説を読んだり映画を見たりした時に、実際に経験したことのないことでもあたかも自分の体験であるかのように感じられる能力、このイマジネーションこそ人間が人間たるゆえんであり、これこそ子育て中のお母さんに是非信じて欲しい人間のポテンシャルなのに、と私は思ったのだ。

 とは言うものの、何の背景もなしに共感するのは確かに難しい。(林先生だって職業上、色々な母親の子育ての成果物=思春期の受験生を日々相手にしているからこその説得力だろう。)そこでアメリカで10数年前に始まったあるイベントがある。その名も Walk a Mile in Her Shoes。女性への暴力撲滅と被害者支援を目的に男性がハイヒールを履いて1.6キロを歩くというチャリティ・ウォークだ。ちょっと笑える彼らの姿に、まずは歩いてみてからものを言う、もう未経験とは言わせないという男らしさを感じる。

(「毎日フォーラム 日本の選択」2013年8月号掲載)

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