昨年11月にニューヨーク市長選挙が行われたが、民主、共和両党の両候補とも賛成なのでイシューにならないトピックがあった。それがセントラルパークで観光客を乗せて闊歩する馬車の廃止だ。動物の権利を主張する団体 animal rights activists がしばらく前から訴えていた。排気ガスで汚れた空気を吸わせながらの重労働、夏の熱中症 heat stroke、冬の低体温症 hypothermia のリスクなどを考えると残酷なビジネスだと言う。しかし使役動物 working animals の代表、馬との歴史は実に3000~4000年にもなるのだ。力が強いという特徴を最大限に生かして発展してきた馬と人間の関係、それを生かす仕事を奪ってしまうのが、本当に馬にとって幸せなのかとちょっと考えさせられてしまった。
多くの文化が馬との密接な関係を育んできたが、誰もが思い浮かべるのはモンゴルの遊牧民 nomads が小さな子供の頃から見事に馬を駆る姿だろう。わずかに取れる馬乳から作られる馬乳酒の、摂取量が少ない野菜や果物に変わる健康効果が、最近注目されている。
ところで鯨飲馬食という四文字熟語は、一度に大量の飲み食いをすることという意味で使われることが多い。しかしどうも馬には飼い葉をがっついているイメージがなく、のんびりはんでいるという絵の方が浮かぶ。そこで調べてみたら、サラブラッドの場合だが、1日15~20キロの飼い葉を10~20時間かけて召し上がるのだそうだ。のんびり、は当たっている。大量の、も正しかった。ちなみに英語でも eat like a horse とそのまま使える。でも飲む方は drink like a fish と、いきなりスケールがちっちゃくなる。
1769年にフランスのキュニョーが蒸気で動く初の自動車を発明しその後1886年にはベンツがガソリン自動車を完成させるが、1910年以降フォードのT型に代表される大量生産が一般的になるまで、馬と馬車は人々の生活に密着した大切な足だった。まだ automobile という言葉が生まれていない頃、自動車は馬無し馬車 carriage without horses と呼ばれていたという。セントラルパークの馬車が馬無しになる日も近い。
(「毎日フォーラム 日本の選択」2014年1月号掲載)