同時通訳中の会議通訳者が沈黙するのはタブーだと言う見解がある。でも英語が国際語になってしまったことで訛りの幅はとてつもなく広がってしまったし、日本語には同音異義語 homonyms が多いので文脈 context にあった言葉の判断に時間がかかることもある。私は本当に理解不能な時はちょっと黙って聞くことに集中した方が訳出精度は高くなると考える派だが、通訳音声を聞いている方々にとっては放送事故とも感じられるのだろう。では、ミーティング等ではどうか。
通訳者の仕事は「何でもかんでも訳す」ことではない。その存在がなければ十分な意思疎通ができない二者(以上)の間に立ってコミュニケーションを成立させることこそが使命であるから、介在しなくても「通じ合っている」場面では私は喜んで沈黙する。最近では自己紹介くらいは英語で堂々とこなす日本人が多いので、名刺交換の時はにこにこ見守る程度のことが増えてきた。会議の席に着いてからも「通訳は大丈夫です」とおっしゃったり、通訳を遮るように英語で会話を続ける方もいらっしゃるが、20分もたった頃に「今までの話、皆に訳してあげて」とでも言われない限り、通訳者的には何の問題もない。
困るのは「大丈夫です」が全然大丈夫ではなかった場合だ。こちらの CEO が話し続けている間はうんうんと頷いていたのに、投げかけられた質問に対する答えがとてつもなくとんちんかん…。「日本企業は海外の新規技術の採用に時間がかかると言われてきたが、最近はどうか?」という問いに「日本発の技術が世界的に普及する例がまだ少なく…。」
分かっているふりだったのかつもりだったのか判別しようが無いが、かみ合っていないことだけは確か。些細なことなら良いのだがさすがに看過できない場合もある。通訳者が「いえ、そういう意味ではなくて…」と訂正に入ると角が立つ。そんな時は通訳者感をいっさい消して、まるで会合の参加者のように「逆方向はどうなんでしょうね?」とつぶやいて軌道修正を図る、という技も持ち合わせているが、…… 出来ることなら使いたくない。
(「毎日フォーラム 日本の選択」2014年9月号掲載)