羊を巡る片言の冒険

 ある時パリからの帰国便に搭乗すると揃いのジャージ姿で細マッチョのお兄さんがうようよしている。みんな背が高くてかっこいいので隣の席はどんな人かと楽しみに向ったら、お腹まわりがどう見てもアスリートではないおじさんが同じジャージを着て座っていた。彼の片言の英語によるとこの一団はサッカーのパラグアイ代表チームでご本人はチームドクター。なるほど、ひっきりなしに選手たちがやってきてはびっくりするほど大きな錠剤を受け取って行く。ドルミールと言いながら重ねた両手を頬に当てて首をかしげて(おじさんが!)見せてくれたので、どうやら睡眠導入剤のような物らしい。

 食事のメニューの一つを指さしてこれは何だ?と聞くので見ると lamb 子羊と書いてある。Baby sheep だと答えると What is sheep? … ああ、そこからか。手元にブランケットがあったので、これはウールで出来ている、ウールは羊から取れる、と説明すると、ああ、あのベ~と鳴く奴ね、と納得してくれた。ちなみに英語圏では羊や山羊はメ~ではなくバ~だ。

 眠れないときに羊を数える count sheep to sleep という話と一緒に one sheep, two sheep… と、単複同形であることを教わった人も多いと思う。子羊のほうは one lamb, two lambs と普通に複数形の s がつく。食用に供される羊肉は子羊なら不可算名詞の lamb、生後12か月を超えると mutton と、何とも不規則なことだ。

 南米でも羊を数えるのか聞いてみた。相手の片言英語とさらに片言の私のスペイン語、あとはユニバーサル言語のおねむジェスチャーとメ~、グ~など擬音の勝負だ。”Uno sheep, dos sheep, tres sheep …, zzz…?” ”Si,si,si! ベ~、ベ~、ベ~、Zzz…” 傍から見ていたら爆笑ものだったに違いない。幸いなことに周りのサッカー選手たちはドクターの薬のおかげで羊の助けを借りることもなく、深い夢の中 fast asleep だった。

(「毎日フォーラム 日本の選択」2015年1月号掲載)

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