「思いました」を考えてみた

「その時ね、思ったんだよ。俺、富士山に登りたいって!」と、熱血漢の彼は言いたかった。でも残念なことにそれを英語にした途端、その熱いメッセージは大きな変貌を遂げた。 At that time, I thought I wanted to climb Mt. Fuji. 「その時の自分は富士山に登りたいのだと思っていた(のだけれど、実は違った)」つまり、今思うと、別にそれほど登りたかったわけではなかった気がする、と言ってしまったわけで、その場には微妙な空気が流れた。

日本語で強い決意を意味する「思います」は英語の I think … とは程遠いという話を前回はしたのだが、過去形になるとその程遠さ加減がさらに半端でなくなる。 I thought I wanted to win a gold medal. は「金メダルを取りたいと思いました」ではない。「その時の自分は金メダルを取りたいのだと思っていた(のだけれど、実はそうではなかった)」じゃあ、何がしたかったの?となってしまう。

Aren’t you getting a promotion? 「昇進するはずじゃなかったの?」 I thought so. 「そう思った(んだけど、思い込み?)」と思惑が外れた時にも頻出する。こんな具合に think の過去形 thought には過去においてそう思ったことが事実ではなかった、間違いだったという意味が付きまとう。そこで Did you think I was lying to you? 「私が嘘をついているとでも思ったの?」への答えは I thought so. と過去形にした方が無難だ。 I think so. だと今もそう思っている事になる。

もちろん別の意味もある。プリンタが故障してどうやら単なる紙詰まりではないらしい。「メンテに来てもらわないとダメみたいだ」 I guess I have to call for service. という同僚に「だよね」「そうだと思った」と自分の考えも交えて答えるときに便利なのが I thought so. だが、ちょっと間違えると自分はとっくに分かっていたよ、という嫌味に聞こえることもあるので言い方には少し注意が必要だ。

(「毎日フォーラム 日本の選択」2016年9月号掲載)

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