毎日のようにマスコミが築地市場の移転先、豊洲の盛り土問題で大騒ぎ having a field day していた頃、通訳者たちはもうちょっと遡り「マグロが切れない」問題を身につまされる思いで眺めていた。会議通訳者が同時通訳を行うブースにはホテルの宴会場などに持ち込める仮設と会議施設に作り付けの常設とがあって、後者は何やら立派に聞こえるが実は使えないものがとても多いのが私たちの頭痛の種となっているのだ。
いわゆる箱もの行政で作られたコンベンション・センターなどの常設ブースには時に想像を絶するものがある。通訳者は仕事中、講演者の顔と壇上のスクリーンに投影されるスライドがどうしても見たいのだが、それができないブースは思いの他多い。会議場の上の階から見下ろすように設置するのは良いとして、それがスクリーンの真上だったら、見えるのは講演者ではなく別に見たくもない聴衆だ。斜めに見下ろす位置のブースでは角度がついてスライドが読みにくい。さらに窓が妙なガラスで読みにくさ倍増の現場もある。ちなみにそこは出窓に通訳用の装置が載せられていてデスクがないので資料を広げられるスペースもせまいし、そもそも膝が入らないので体勢的に実に苦しい。通訳者という人間が使うスペースであることを前提に作られていないのが明らかだ。
複数言語用のブースがずらり並んだ施設で、奥のブースに入るには手前のブースをいくつも通り抜けなくてはならない現場もある。通訳中の同僚の邪魔にならないよう、その後ろを壁にびったりくっついて音もたてずに通らなくてはならないとなると会議中の移動がとてつもなく限られるわけで不便なことこの上ない。通訳ブースにはISO規格が存在し、アクセス、音響、空調、通訳者からの視野などが規定されているのに、そんなことも知らずに設計されているわけだ。そんな使えないものを作っておきながら実績表にはどこぞの国際会議場を設計しました、と偉そうに書いている人がいると思うと実に腹立たしい。
空間だけ作っておけば良いわけではないのだ。使える functional 施設を作ろうとするならば、まずユーザーであるマグロの仲卸や通訳者、通訳設備のエンジニアにどんな機能が必要なのか聞いてほしい。知らないことは知らないと認め、知っている人に尋ねるのが本当のプロだと思う。
(「毎日フォーラム 日本の選択」2016年10月号掲載)