付く、出る、遠のく、地に着かないなど足は慣用句の多い体の一部だが、英語でも便利な表現が多い。She’s got cold feet. は冷え性なのではない。大事なところで怖気づいてしまった、足が竦んでしまったのだ。何かを成し遂げたい時の第一歩は a foot in the door と言う。訪問販売のセールスマンがドアを閉められないように片足を挟む様から来ているので語源的には押し売りっぽく思えるが negative connotation マイナスのイメージなく使える。
Put one foot in front of the other という芸人さんのネタのような成句もある。歩くという動作をわざと分解して歩を進めることを励ます時や順序通りに物事を進めることを強調したい時に使う。最初のボタンを掛け違うと最後に齟齬が生じるがそんな最初の一歩が start off on the wrong foot だ。高いところから落ちた猫が上手に着地する様子からの発想で land on both feet
は首尾よく難を逃れることを言う。
何故足なのか、しかも動詞なのかちょっと不思議なイディオムが to foot the bill だ。勘定を踏み倒すのではない。支払うことだ。It used to be customary for the bride’s parents to foot the bill for the wedding. ちょっと前までは娘を嫁に出すのも大変だったらしい。
「足を棒にして歩く」時の足は I walked my legs off. で feet ではない。脚が中空だったらさぞやたくさん飲み食いしても平気だろうと、うわばみやフードファイターのような人のことを She has hollow legs. また話や訴えに根拠が皆無でとても議論や裁判に勝てそうもないことを not have a leg to stand on と言う。
「彼は足を痛めていて走れなかった」はとてもシンプルな文章だが同通ブースの中で通訳者は悩む。英語は単数複数に厳格なので両足なのか片足なのかという問題もあるが、それ以上に怪我をしたのが足首から下なのか上なのかで単語が異なるのでもう少し情報が入って来ることを祈りながら
He couldn’t run because of his injury.とぼかしてその場をしのぐのである。
(「毎日フォーラム 日本の選択」2017年4月号掲載)