思い入れのある小説が映画やドラマになると、何となく嬉しく誇らしい気持ちを覚えることもあれば、それまで抱いていたイメージとの間にギャップを覚えることもある。私にとって初めてのそんな経験はムーミンだった。田舎の小さな小学校のちんまりとした図書室の一角にフィンランドの女流作家トーベ・ヤンソンのムーミン・シリーズがひっそりと並んでいた。夢中になって読んだ不思議な生き物たちの世界を幼いなりに頭の中に描いていたのだろう。大人気になったアニメだがその映像に違和感を覚えてのめりこめなかったのを覚えている。
主人公の名前はムーミントロール。トロールとは北欧の妖精とか精霊を意味していて、小人だったり巨人だったりいろいろな姿で描かれるが基本的に不細工だ。オリジナルムーミンも日本のアニメのようなお目めぱっちりではないのでますます間延びしたカバっぽいのがご愛嬌だった。そんな思い出があるので私の中ではトロールとは愛すべき存在だったのだ。ところが、である。
いつの間にか全くかわいげのないイメージが定着してしまっているのだ。特許関係の会議のために勉強していて知ったのが patent troll、特許不実施主体 Non-Practicing Entity の別名だ。何らかの方法で手に入れた特許を商品化するのではなく大手企業を特許侵害で訴えるという手段で手っ取り早く monetize 金にする輩への蔑称で、自国へ未進出の企業の商標を取得して、後に真の権利者に買い取らせる trademark squatter と並んで健全なイノベーションや商取引を阻害する嫌われ者だ。
インターネットの世界で跋扈するトロールは挑発的な provocative 書き込みなどでサイトの炎上 flaming を引き起こす「荒らし」のことだ。今年生誕100年を迎えた故トーベ・ヤンソンも、これには天国でため息をついているかもしれない。
(「毎日フォーラム 日本の選択」2014年12月号掲載)