スマホの時代の壁の花

スマートフォンの世帯普及率が日本でも6割を超えたらしいのだが、それよりも驚いたことがある。なんと固定電話の普及率がいつの間にか8割を切っているようなのだ。つまり5件に1件、電話回線がつながっていない家がある。子供の頃にはどの家庭にもあった黒電話の時代からずいぶん遠くまできたものだ。電話はその後コードレスとなり、さらにモバイルへと進化し私たちの自由度を広げてきた。

私の学生時代にはダンパなるものがあった。学生のサークルが開催するダンスパーティーのことだ。シャイで内向的な子たち introverts はなかなか誰かを誘ってフロアに出ることができず壁際で肩を寄せ合って所在無げにしていたものだが、そんな様子を表現した「壁の花」がもともと英語の wallflowers の直訳だと知った時も少し意外な気がしたものだ。

そんな若者文化も忘却のかなたとなった今日、壁際に並ぶ人々にはどうやら別の事情があるらしい。壁の花ならぬ wall huggers 「壁にしがみつく人々」とは、コンセントを求めて壁際にずらり並んだり座り込んだりする iPhone ユーザーたちを皮肉った言葉だ。ブラックベリーのCEOが口にしたのにサムスンが乗っかり、空港で時間をつぶす乗客たちが電源を求めて壁際に張り付く様子をちょっと笑えるCMに仕立てて話題を呼んだ。

ワンセグやお財布携帯がなかろうが互換性に限りがあろうが、使い勝手の良さや独自のアプリの豊富さがそうした欠点を補って余りあるものとしてスタイリッシュな端末を愛し続けてきたコアな loyal アップルファンまで、思わず「あるよね」と苦笑したらしい。薄くて軽いスマホが搭載できるバッテリーにはどうしたって限りがある。

現代版「壁の花」は壁からコードで繋がったデバイスを握りしめ、ダンスフロアならぬ社会・世界とつながりを保とうとしている。固定電話から自由になったのは何のためだったのだろう?

(「毎日フォーラム 日本の選択」2015年8月号掲載)

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