ある芸術祭の開会式で海外から参加している過去の受賞者が一言ずつ挨拶をするというので、日本語はパナガイドという簡易装置を用いた同時通訳で英語に、英語の発言は逐次通訳で日本語にすることになった。「同通はパナでぇ、逐通はこちらのマイクでぇお願いしまぁす」と言うイベントディレクターに分かりましたと頷きながらも違和感を禁じえなかったのは彼の話し方ではなく「逐通」という聞き覚えのない略語だ。私たちも同時通訳は確かに同通と略すが、逐次通訳のことは「逐次」と言うので、業界の外の人が不自然な略語をぶつけてきたことに引っかかったのだ。
どのような現場でも通訳者が信頼を得る第一歩はお客様と同じ言葉を使うことだ。マテハンを material handling、マイコンを micro controller と顔色も変えずに訳せると喜んでもらえる。でも参加者の誰もがカタカナで言っている corporate governance を妙なこだわりで「企業統治」と言い続けると浮いてしまうし、いかに短くて言い易くて便利だからといっても製薬、化学薬品以外の業界で market launch に「上市」を使ってはいけない。勝手に略語を作るなど論外なのだ。
ちなみに通訳業界にも特有の表現が存在する。中でも「耳」の使い方は飛びぬけて変だ。パネルディスカッションを控えた通訳ブースの中では通訳者同士がこんな会話をしていたりする。「彼の手元に耳ある?」「無い。耳の用意遅い。」「あ、耳来た。でもてこずってる。だれか耳のつけ方教えてあげて。」通訳音声を聞くイヤホンのことだと知らなければ異様な会話だ。
エージェントからの通訳業務依頼書には「生耳」「耳なし同通」「パナ同通、耳あります」などと書かれていることがある。この場合は通訳者がイヤホンで講演者の声を直接もらえるアンプなどの機材があるかどうかを指している。なので、通訳者が「耳の取れる現場ですか?」と尋ねたり、現場で「あぁ~!耳欲しい!」と嘆息したりしていても、猟奇的な話ではないので心配はいらない。
(「毎日フォーラム 日本の選択」2016年11月号掲載)
Unknown
「彼の話し方ではなく」まで読んで「えっ!彼だったの!彼女かと思ってた!!」と驚いてしまいました。若い女性かと思っていたもので。
「ちくつう」は私も聞いたことがありませんが、そもそもこれ、ちょっと言いにくくありませんか?
そして、念のため「ちくつう」と打って変換してみたら、「血苦痛」という怖いもんが出てきました。(笑)
性別と逐通
でんでんさん
そう、男性だったのですよ~。どうもあの業界の方はユニセックス方面が多いっぽい(笑)
血苦痛・・・痛そう。
でもそれって、でんでんさんの普段の入力変換候補を反映しているっていうこと、ないですか?(笑)
Unknown
たしかに。そういう業界ってありますよね。
ところで、血苦痛。普段からそんなもの入力してないですよお、と言おうと思ったのですが、「血」はわけあってかなり頻繁に入力してるのでした!
そうか、それでなのですね…。(笑)
Unknown
ほら、やっぱり~(笑)
「わけあって」の「わけ」がちょっと怖いですが(笑)