一仕事終えて次の現場に行くまでに少し時間があったので何気なく入った喫茶店で流れていたのはダイアナ・ロスの Upside Down、1980年リリースのディスコミュージックだ。ディスコ世代には何とも懐かしい。題名の文字通りの意味は「上下逆さま」だが日本語でも「上を下への大騒ぎ」と言うように、訳の分からない混乱状態も指す。
句動詞 phrasal verb の常連でもある up と down は break up が名詞化して breakup 破局となり、break down も同様 breakdown で衰弱、内訳。がっかりさせる let(人)down も letdown で期待はずれ、意気消沈という名詞になる。メモする、書き留める時に使う put down には人を批判する、こき下ろすと言う意味もある。ブラックジャック由来の double down は駄目を押す。Trump doubles down on his put-down.という見出しをどこかで見た。お得意の放言を反省どころか擁護して火に油を注ぐいつものパターンが目に浮かぶ。
意外な芸能人同士の結婚でよく言われる格差婚。女性の方が地位も収入も安定しているケースが多いようだが、英語でも特に高学歴の女性について She’s marrying down.と言う事はあっても男性が marry down したとはめったに聞かない。言いたくても穏健な表現に言い換える water down、あるいはつまるところ愛さえあれば It all boils down to love.といったあたりに着地しているのかもしれない。逆に marry up 玉の輿は男女両方にあるようだ。
アップとダウンは和製英語でも大活躍でその使われ方は秀逸だ。本来名詞の前もしくは動詞の後に来るべきなのだが、イメージ、コスト、プライス、ペース、レベルと言った名詞の後に置かれるとあたかも動詞のように上下の動きを表現する。逆に英語にしようとすると動詞選びがなんとも面倒くさいと思わせるほどだ。でも残念なことに英語圏の人には通じない。外来語を受け入れてはアレンジしてしまう寛容な日本語の世界でのみ成立するマリアージュだ。
(「毎日フォーラム 日本の選択」2017年9月号掲載)