高校時代アメリカに留学した時、ジャムが jam ではなく jelly で、ゼリーが jello だと知ってショックを受けた。アメリカ人の大好物ピーナツバターはイチゴのジャムと一緒に使うと歯の裏にくっつかないので、両方はさんだ peanut butter & jelly のサンドイッチが定番だ。どうして日本ではジャムというのかしら、と帰国後気になって調べてみたらイギリス英語だと分かって驚いた。英語が単一の言語ではないことを知った瞬間である。
英国人から「東京の underground 網」と言われてどんな地下組織のことかと首を傾げたら「tube のことだよ」と説明されて、なかなか地下鉄には思い至らなかったこともある。アメリカ人が使う subway もイギリスでは地下道だ。『マイ・フェア・レディ』の原作で知られるノーベル賞作家バーナード・ショーをして「英米は共通言語によって分かたれた二国」と言わしめた両言語の違いは未だ健在だ。
ある国際会議でアメリカ代表が「その議論は table 棚上げすべきだ」と提案したところ、イギリスが「いや、その議論は時期尚早だ」と応じて混乱したことがあった。英国で table は議案を討議の対象にすることを意味するからだ。英語の世界で誤解しあっている分には通訳者には何の責任もないので面白がって見ていられる。休憩時間は各言語の同僚達とその話題で盛り上がった。みんな集中力を要する仕事で疲れているのでそういう時の話は少々きわどい方向に走るのだが、知らずに使ってしまって恥ずかしい思いをするのもこういう表現だと思うので、あえてご紹介しよう。
ズボンつりのサスペンダーは英国では女性のガーターベルトの意味になるので “He wears suspenders” はちょっとまずい。”Have you got a rubber?” は英国ならば「消しゴム貸して」だが米国では「コンドームある?」なので教室で大声で言うのはまずい。朝寝坊の同僚を起こしてあげたはずの “I knocked her up” も米語では「妊娠させちゃった」なので、これはもっとまずい。
(「毎日フォーラム 日本の選択」2010年7月号掲載)