今こそ笑おう

 「悲しいから泣くのではない、泣くから悲しくなるのだ」とは大学の心理学入門で習ったジェームズ=ランゲ説。妙に説得力がある。同様に嬉しいから笑うのではなく、笑うから嬉しくなる。実際、笑いにはストレスや痛みの軽減効果がある。

 笑うと脳内で幸福ホルモンとも呼ばれるエンドルフィンが分泌され、幸福感を感じると共に自律神経の働きが安定する。その結果不安感が減少し、ポジティブな気持ちが生まれるのだという。大きく口を開けて笑う laugh に越したことはないが、giggle/chuckle くすくす笑いや、声を出さない smile、無理に笑おうとしてにやり grin になっても効果ありと確認されているそうだ。

 3月11日、東日本大地震で東京も大きく揺れた時、私はある民放テレビ局の会議室にいた。全員でテーブルの下に潜ったが、あまりの揺れの大きさと長さに、どうなってしまうのだろうと絶望的な気分だった。米国人クライアントに「ビルは免震構造だから大丈夫。ほら、もうおさまってきた・・・」と声をかけ続けたのは、自分への励ましでもあった。

 揺れがおさまってテーブルの下から這い出た全員が顔面蒼白で沈黙する中、局の人が室内のテレビをつけた。しばらく第一報を食い入るように見ていたら「あ、しまった」の声。「どうしてこういう時にNHKを見てるんだ!」あわてて自局のチャネルに変える姿に思わず全員が笑った。そのとたん、私は自分の気持ちがふっと楽観的になるのを感じたのだ。きっと無事に家に帰れるという根拠のない確信だった。

 夜中過ぎに帰宅したが、翌日から徐々に明らかになる東北地方の被害は想像を超えていた。復興には時間がかかりそうだ。被災者の皆さんがおかれた過酷な状況に胸が痛むし、原発対応や復興支援に当たる方々の頑張りに頭が下がる。ただ、こんな時だからこそ、時々無理してでも笑ってみて欲しい。みんなが前向きになることが今こそ必要だと思うから。

(「毎日フォーラム 日本の選択」2011年4月号掲載)

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