世にも危険な「プリーズ」

 司会者が日本語で講演者を紹介した後、英語で Dr.X, please start your speech. と呼びかけた。たどたどしい発音なので Dr.X も苦笑いして許してくれたことだろうと想像するが、これでは時間が押しているのにもたもたしているX氏に「いい加減に始めて下さい」と言っているかのよう。こういう時は聴衆に対して Ladies and gentlemen, please welcome Dr.X. と呼びかける方が自然だ。

 外国人に道を尋ねられて Please go straight for two blocks and turn left. というのも妙だ。嫌かもしれないけど我慢してもう少しまっすぐ行ってくれ、と聞こえる。ストレートに Go straight… でかまわないし、どうしても命令形に抵抗があるなら Two more blocks ahead, and you’ll see it on your left. みたいな言い方もある。説明の命令形にpleaseはそぐわないのだ。取扱説明書などで目にする Press the red button to activate the machine. のような文章につけてみるとその不自然さが分かる。間違っても緑ではなく赤を押すようにと念押しされているか、何が何でもマシンを立ち上げてくれと懇願されているような文章になる。

 「pleaseをつけると丁寧になる」という思いこみは危険だ。確かに「コーヒー、紅茶、どちらになさいますか?」と聞かれた時にはぶっきらぼうに「紅茶」と答えるよりは Tea, please. の方が良いに決まっている。しかし職場で秘書や後輩に Get me some coffee, please. なんて言うと「コーヒーくらい入れてよ、気が利かないな」となる。 Would you make me some coffee? と頼んだり I could use some strong coffee. のように自分の窮状(?)を訴える方が良い。

 数年前に行ったアムステルダムのゴッホ美術館は展示物の写真撮影が禁止されている。こっそりカメラを構えた男性に鋭い声が飛んだ。 No photo-taking! ぎょっとして振り返った男性に追い打ちをかけた係員の一言がドスの利いた Please! 「すみませんがお願いします」ではない。「さもないと・・・」なのである。

(「毎日フォーラム 日本の選択」2012年8月号掲載)

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