ニックネームの不思議

 英国のケンブリッジ公爵夫人はウィリアム王子との結婚前はケイト・ミドルトンと呼ばれていた。ロイヤル・ウェディングを境にキャサリンになったので不思議に思った人もいるかもしれない。Catherine は元々バリエーションや愛称 diminutive の多い名前で、ケイトもキャシーもキャットもケイトリンもそうだし、高校時代の友人には Cookie までいた。フランスではカトリーヌ、ロシアではエカテリーナとなるポピュラーな名前だ。ただ公爵夫人の場合、家族や友人からはずっとキャサリンと呼ばれていて、仕事の場でだけケイトと名乗っていたのをマスコミが何故かそちらに統一してしまっていたらしい。

 出生証明書に書かれた名前を欧米人は色々とアレンジして使うことが多い。Jeff だの Bill だの Tony だの、どの愛称を使うか(あるいは使わないか)は本人次第。それが自身のアイデンティティともなるのでこだわりも強い。この三人は決して Geoffrey や William や Anthony ではないのだ。ドラマや小説では本人の意思を無視して勝手な愛称で呼ぶおばさんなんかが、空気の読めないちょっとうざい登場人物の典型として描かれる。

 Elizabeth も変化形が多い。ベス、ベティ、リリー、リズ・・・まだまだあるが、エリー Ellie は意外なことに Helen か Alice の愛称だ。自由なようでいて一応のルールがあるのがかえってややこしい。しかも全部が短くなるわけでもなく、ジャネット Janet の元の形が Jane だったりする。

 ある米国企業のCEOのファーストネームは Dan と言う。ある程度親しい人はみんなそう呼ぶので、メールで Daniel と書いてきているのは自分のことを知らない人だから、中身を読まずにどんどん捨てるのだそうだ。ところがある日、訪問先で差し出した名刺をふと見るとダニエルとなっている。帰りのタクシーの中でそれを指摘すると「最初にダンで自己紹介したからいいんだ」と涼しい顔。名刺があるからと油断せず、初対面の相手が何と名乗ったか、しっかり聞いておく方が安全なようだ。

(「毎日フォーラム 日本の選択」2013年3月号掲載)

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