日本語と英語はその成り立ちが大きく異なるので、単語にしても慣用句 idioms にしても暗記するしかないと、学生時代にはご多分に漏れず単語カードのお世話になろうとした口だが、いかんせん根気がないもので作っただけで満足してしまい、本来の目的であるはずの繰ることをしないものだから、いつまでもきれいなままだった記憶がある。いわゆる暗記物が苦手な学生だった。
その後、職業上毎日のように両言語の様々な表現に触れるようになると、確かに若干の違いはあるものの、根底にある発想がよく似たペアがたくさんあることに気付いて楽しくなってきた。寒いときに立つ鳥肌は goosebumps で直訳するとガチョウの吹き出物。羽をむしられた後の家禽の肌を見て同じことを考えたのだろう。婉曲表現を意味する「オブラートに包む」には砂糖でくるんでしまう sugarcoat を当てられるが、どちらもその対象は苦い薬だ。
景気刺激策をカンフル剤と言ったりするが、a shot in the arm と注射で表現するとその即効性が感じられてぴったりだ。もちろん様々な要素のバランスを巧みに取ることが必須で、その危なっかしい様子が綱渡り。同じくサーカスに想を得た juggling act がうまくはまる。リスクが大きいと薄氷を踏む思いをすることになるが、英語では skate on thin ice と踏まずに滑ってしまう。
スポーツに由来する表現も様々あるが、陸上部門からハードルをノミネートしよう。That’s a hurdle.そこが難問で・・・と言いたい時の定番でここまでは何の違いもないのだが「ハードルを上げる」となるとそうはいかない。ハードルは基本的に高さを変えるものではないので、ここは論理的に高飛びにたとえて raise the bar と言う。高くなった水準を満たすことが出来ずに失敗し落ち込んでいるところに追い討ちをかけられ踏んだり蹴ったりのことを「傷口に塩」と表現したりするが「怪我をしたうえに馬鹿にされる」 add insult to injury が同じ発想だ。
釈迦に説法ほど恐れ多くはないものの、聖歌隊に説教しても詮無いこと preaching to the choir と、宗教は違っても人間の考えることに大きな違いはないようだ。有頂天とは仏教三界の真ん中、肉体は保ちながらも煩悩から解き放たれた人間が到達できる最上界を意味するそうだ。天国でも一番高いところにある seventh heaven にいると言うとその幸福感が伝わる。
(「毎日フォーラム 日本の選択」2013年2月号掲載)
所違えど
高校生のとき、友人が
「『無数の』って、英語でも countless なんだね。ふしぎだ」
と言ったのにはっとしました。
文法がこれだけ違うのに、レトリックは本当に通じるものがありますね。私が不思議に思うのは「皮肉」です。声の調子を変えて賞賛の言い回しを使うことで実は非難する、というのが日米でもとても似ている…。
はい、はい、ありがとうございますっ!
Thank you VERY MUCH!
(真意:あーあ、やってくれたわね)
よく似た発想
以前書いた Excuse me. や wicked も同類で、言い方によっては悪いと思っていないほうの「悪うございました」になったり、若者言葉の「やばい」と同じく「ものすごく美味しい」になったりしますから、言語や文化を超えた発想の普遍性のようなものが人間にはあるのでしょうね。なんとなく不思議で惹きつけられるものがあります。
目じりのしわをカラスの足跡と言ったりしますが、英語でもずばり crow’s feet と言います(笑)
crow’s feet
>目じりのしわをカラスの足跡と言ったりしますが、英語でもずばり crow’s feet と言います(笑)
これはしかし、先達はなぜスズメの足跡とは言わなかったのかなあ。カラスの足、しげしげ見ると大きいですよ…。
カラスの足跡
スズメでは可愛らしすぎて、これを自分の顔に発見した時のショックが伝わらないんですよ、きっと・・・(笑)