とある日本の会社の会長さんはなかなか手強い人物 hard to please らしい。表敬訪問に向かう車中で聞かされてちょっと不安になったが、幸い杞憂に終わった。クライアントの社長がアートに造詣が深いことをさりげなくアピールした上で先方の会社のコレクションを褒めるという高等戦術で満足げな笑顔を引き出すことに成功。That was brilliant! と褒めると本人も I humored him well, didn’t I? と嬉しそうだった。
この humor だがユーモアだけでなくその時の気分を表す言葉で She’s in good humor.「ご機嫌だね」とか He is ill-humored.「ご機嫌斜めだ」のようにも使う。(ギャグを連発しているわけでも冗談が分からないわけでもないことに注意)。動詞として使うと、持ち上げて喜ばせる、機嫌をとるという意味になるのだ。
英語には機嫌が悪いことを表す表現がたくさんある。ディズニー版の白雪姫に出てくる不機嫌なこびとの名前にもなった grumpy、ちょっとしたことでイラッとする irritable、何かに怒っているらしい cross、すねた様子の sulky等、形容詞だけでも挙げればきりがない。不思議なのが crabby で、どうして蟹?と思ったら、横に歩くし爪を振り上げるし持ち上げようとするとしがみついて抵抗するし・・・、で偏屈な頑固者のレッテルを貼られている模様。ちょっと気の毒だ。
Are you having a bad hair day? は「どうしても髪型がうまく決まらない日なのね」、転じて「ご機嫌斜めのようね」となる。He must’ve gotten up on the wrong side of the bed.ベッドの左側で目覚めると縁起が悪いとされたので、こちらも下手にさわらない方が無難なオーラを出している様子を表す表現だ。
ところで、気分を表す名詞には他に mood があるが、これが形容詞となるといきなりネガティブになる。My boss is moody. は決してムードのある素敵な上司ではない。冒頭の会長さんのように、気分屋でしょっちゅう機嫌が悪くなるボスのことである。
(「毎日フォーラム 日本の選択」2013年5月号掲載)