大学時代の話になるが、友達同士でたわいもない話をしたり学生らしくちょっとは哲学的な議論をしたりするうちに、形勢が悪くなると安っぽいドラマの真似をして記憶喪失よろしく「私は誰?ここはどこ?」で笑いを取ってお茶を濁す、と言うのが流行ったことがある。さらに混乱している様子を表すのに両者の関係を入れ替えて「私はどこ?ここは誰?」と日本語的には成立しない文で落とすのが定番だった。
そんな時に私がこっそり面白いと思っていたのは、これらの最終形を直訳すると英語ではちゃんと意味をなす makes perfect sense ことだった。Who is here? は「ここは誰」ではなく、誰がここに来ているのかを尋ねる疑問文として成立するし Where am I? こそ「ここはどこですか」を正しく表している。
日本人はこれをよく間違って Where is here? と言ってしまうのだそうだ。でもこれでは「さっきから言ってる here ってどこの事?」という確認の意味しかない。ここがどこかを知りたい時はまさに「私はどこ(にいるのですか)」と尋ねないと通じない。何故なら英語の発想では「ここ」というのは今自分がいる場所を指すからだ。英語は結構、人間中心なのである。
ご職業は?と尋ねたい時、ついつい What is your job? と言いたい衝動 temptation に駆られるが、これではダイレクトすぎるし文脈によっては「この会社で何をしているの(役に立ってるの)?」と聞こえかねない。やっぱり相手を中心に考えて What do you do? と聞く方がずっと感じが良い。同様に「お住まいは?」は Where do you live? 「ご趣味は?」は What do you do for fun? で house も hobby も登場頻度は低い。
ただし Why 文には要注意だ。来日目的を尋ねるのに Why did you come to Japan? では詰問調でまるで警察官の職務質問みたいだ。何よ、来ちゃいけなかったの、なんて思われないためにも、ここはエレガントに What brings/brought you to Japan? で行こう。
(「毎日フォーラム 日本の選択」2013年7月号掲載)