カナリアになったカラス

 地球の裏側ブラジルでの会議の冒頭に流された現地紹介ビデオのハイライトは2016年のオリンピックに加えて2014年のサッカー・ワールドカップだった。ブラジル代表はFIFAワールドカップで唯一19大会全て出場の強豪で、日本のサポーターにもセレソン(ポルトガル語で「代表」)とニックネームで呼ばれているようだが、ファンでなくとも知っているのはユニフォームのホームカラーからついたカナリア軍団 Canarinho(ポ) Little Canary の呼称だろう。

 攻撃的なブラジルサッカーとは裏腹に実際のカナリアは小さく可愛い。常にさえずっているため昔は炭坑に入る最初の坑夫が籠に入れて携えた。人間よりも一酸化炭素などに敏感で発生を感じると鳴きやむことで危険を知らせたのだ。

 そんな「炭鉱のカナリア」 canary in a coal mine は「歩哨動物」 animal sentinel 一般の比喩にも頻繁に用いられる表現だ。ウィルス性疾患の流行や汚染の広がりなどを人間よりも敏感な動物たちが先に教えてくれることを指す。内分泌攪乱物質 endocrine disruptors が話題になったことがあったが、性転換した川魚や貝類が sentinel だった。

 蚊が媒介して脳炎を引き起こす西ナイルウィルスが西アフリカからアメリカに渡ってきたのは1999年のことだった。ニューヨークに端を発する流行 epidemic / outbreak はやがてブラジルを含む中南米にも広まる。その後2005年と2012年の流行を受けて米国の疾病管理センター Centers for Disease Control が今年10年ぶりに対策ガイドラインを改定した。流行を予測するのは不可能として蚊や鳥類などの媒介動物 vectors の監視 surveillance を推奨している。

 もともとミステリアスなカラスの大量死が当時はほとんど知られていないこの病気の前触れだった。動物の大量死は世界各地で頻発している。原因は様々だろうが、自然のこうした異変は人間への警鐘として謙虚かつ冷静に受け止めたいものだと思う。

(「毎日フォーラム 日本の選択」2013年11月号掲載)

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