ロスト・イン・トランスレーション

 アカデミーヒルズに通訳をしに出かけて、今年は六本木ヒルズが10周年だったと気づいて驚いた。東京の「新」ランドマークだと思っていたのがいつのまにかベテランになっていたのだ。

 2003年と言えば米国がイラク戦争を始めた年。京都で世界水フォーラムが開催されていて、会場に設置されたマルチモニターで開戦のニュースが流れ、見ていた人たちから一斉にブーイングが上がったのを覚えている。またアジアでSARSが流行し欧米人が軒並み来日をキャンセルしたため、通訳業界も少なからずあおりを食った。秋になって話題になったのはソフィア・コッポラ監督の Lost in Translation の公開だった。

 気になるタイトルだが、おかしな通訳が介在して妙なことになるのは trailer 予告編で流された部分だけ。でも言葉を移し替える時に失われてしまう情報やニュアンスは、通訳者・翻訳者にとっては永遠のテーマだ。特にユーモアが難しいし、それが pun 語呂合わせだったりするとお手上げだ。誰もが知っているエジソンの名言「天才とは1%のひらめきと99%の汗である」も、ひらめき inspiration と汗 perspiration が見事に韻を踏んでいることを和訳ではとても表現できない。諺の practice makes perfect が習うより慣れろで、p-p な-なの頭韻になっていたり make or break が伸るか反るかで脚韻になっているのは pure coincidence 完全な偶然で、こんなラッキーなことは滅多にないのだ。

 ある時、私の英語通訳のクラスを見学した中国語の通訳者が、その時の教材で line が家系という意味で使われていたことを取り上げ、英語の単語には意味が複数あるので難しいと言った。中国語は一つの言葉に一つの意味しか無いのだそうだ。

 なるほど、そう言えば英語のジョークにもその特徴をうまく使ったものがある。Q問題: What’s the difference between men and yogurt? 男とヨーグルトの違いは? A答: Yogurt has culture.

さあ、このcultureの二つの意味とは何でしょう?

(「毎日フォーラム 日本の選択」2013年12月号掲載)

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