出ることになりました。
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会議通訳者の理想と現実
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急ぎの用で海外支部に電話をかけるがだれも受話器を取らない。ややあってようやく電話に出た現地採用の部下が Sorry, we’re all tied up here. えっ?まさか強盗にあってみんな縛り上げられてる?!・・・いえいえ、そうじゃなくって。tie up は止める、忙殺する。受動態だと忙しくて手が離せないという意味になる。
タイアップと言えば早い段階から日本語の仲間入りをした外来語の一つだろう。企業間の広範な提携 business tie-up やドラマと主題歌、アニメ映画とおもちゃなど相乗効果をねらった協力関係や、異なる業種間でのタイアップ広告 tie-up advertising などが良く知られているが、逆に停滞させると言う意味がかすんでしまった。遅れてきた同僚が There was a tie-up on Yamate-dori. とうんざりした様子だったら traffic jam と同様、渋滞に巻き込まれたという意味だ。
ある会議に数年毎に招かれるアメリカ人講師は会社の役員でプロのピエロでマジシャンという珍しい肩書きを持っている。講演(公演?)テーマは自由な発想 Out-of-the-Box Thinking や効果的なプレゼンテーションなど様々だが、なかなか暖まらない日本人オーディエンスを相手に毎回大熱演。ピエロの扮装こそしていないもののマジックを見せたり椅子から転げ落ちて見せたり。主催者も気を利かせて桜の質問を用意する plant some questions ように呼び水的に笑ってくれる人を頼んでおけば良いのに、と思ってしまう。
「仕事はたまっているのにどうしても忙しくて手が回らない tied up ってことありますよね」となめらかに話しながら手元でひもに結び目を作っていく。そう、ひもが結ばれていく tied up との語呂合わせ pun。「でも本当のタイドアップとは、こういうことを言うのです」と紙袋の中にひもを垂れ下げてから引き上げると、結び目には Tide という名前の洗濯石けんの小箱がくくられてぞろぞろ上がって来るという趣向。楽しいのだが一筋縄ではいかないスピーカーなのである。
(「毎日フォーラム 日本の選択」2014年2月号掲載)
昨年11月にニューヨーク市長選挙が行われたが、民主、共和両党の両候補とも賛成なのでイシューにならないトピックがあった。それがセントラルパークで観光客を乗せて闊歩する馬車の廃止だ。動物の権利を主張する団体 animal rights activists がしばらく前から訴えていた。排気ガスで汚れた空気を吸わせながらの重労働、夏の熱中症 heat stroke、冬の低体温症 hypothermia のリスクなどを考えると残酷なビジネスだと言う。しかし使役動物 working animals の代表、馬との歴史は実に3000~4000年にもなるのだ。力が強いという特徴を最大限に生かして発展してきた馬と人間の関係、それを生かす仕事を奪ってしまうのが、本当に馬にとって幸せなのかとちょっと考えさせられてしまった。
多くの文化が馬との密接な関係を育んできたが、誰もが思い浮かべるのはモンゴルの遊牧民 nomads が小さな子供の頃から見事に馬を駆る姿だろう。わずかに取れる馬乳から作られる馬乳酒の、摂取量が少ない野菜や果物に変わる健康効果が、最近注目されている。
ところで鯨飲馬食という四文字熟語は、一度に大量の飲み食いをすることという意味で使われることが多い。しかしどうも馬には飼い葉をがっついているイメージがなく、のんびりはんでいるという絵の方が浮かぶ。そこで調べてみたら、サラブラッドの場合だが、1日15~20キロの飼い葉を10~20時間かけて召し上がるのだそうだ。のんびり、は当たっている。大量の、も正しかった。ちなみに英語でも eat like a horse とそのまま使える。でも飲む方は drink like a fish と、いきなりスケールがちっちゃくなる。
1769年にフランスのキュニョーが蒸気で動く初の自動車を発明しその後1886年にはベンツがガソリン自動車を完成させるが、1910年以降フォードのT型に代表される大量生産が一般的になるまで、馬と馬車は人々の生活に密着した大切な足だった。まだ automobile という言葉が生まれていない頃、自動車は馬無し馬車 carriage without horses と呼ばれていたという。セントラルパークの馬車が馬無しになる日も近い。
(「毎日フォーラム 日本の選択」2014年1月号掲載)
アカデミーヒルズに通訳をしに出かけて、今年は六本木ヒルズが10周年だったと気づいて驚いた。東京の「新」ランドマークだと思っていたのがいつのまにかベテランになっていたのだ。
2003年と言えば米国がイラク戦争を始めた年。京都で世界水フォーラムが開催されていて、会場に設置されたマルチモニターで開戦のニュースが流れ、見ていた人たちから一斉にブーイングが上がったのを覚えている。またアジアでSARSが流行し欧米人が軒並み来日をキャンセルしたため、通訳業界も少なからずあおりを食った。秋になって話題になったのはソフィア・コッポラ監督の Lost in Translation の公開だった。
気になるタイトルだが、おかしな通訳が介在して妙なことになるのは trailer 予告編で流された部分だけ。でも言葉を移し替える時に失われてしまう情報やニュアンスは、通訳者・翻訳者にとっては永遠のテーマだ。特にユーモアが難しいし、それが pun 語呂合わせだったりするとお手上げだ。誰もが知っているエジソンの名言「天才とは1%のひらめきと99%の汗である」も、ひらめき inspiration と汗 perspiration が見事に韻を踏んでいることを和訳ではとても表現できない。諺の practice makes perfect が習うより慣れろで、p-p な-なの頭韻になっていたり make or break が伸るか反るかで脚韻になっているのは pure coincidence 完全な偶然で、こんなラッキーなことは滅多にないのだ。
ある時、私の英語通訳のクラスを見学した中国語の通訳者が、その時の教材で line が家系という意味で使われていたことを取り上げ、英語の単語には意味が複数あるので難しいと言った。中国語は一つの言葉に一つの意味しか無いのだそうだ。
なるほど、そう言えば英語のジョークにもその特徴をうまく使ったものがある。Q問題: What’s the difference between men and yogurt? 男とヨーグルトの違いは? A答: Yogurt has culture.
さあ、このcultureの二つの意味とは何でしょう?
(「毎日フォーラム 日本の選択」2013年12月号掲載)
地球の裏側ブラジルでの会議の冒頭に流された現地紹介ビデオのハイライトは2016年のオリンピックに加えて2014年のサッカー・ワールドカップだった。ブラジル代表はFIFAワールドカップで唯一19大会全て出場の強豪で、日本のサポーターにもセレソン(ポルトガル語で「代表」)とニックネームで呼ばれているようだが、ファンでなくとも知っているのはユニフォームのホームカラーからついたカナリア軍団 Canarinho(ポ) Little Canary の呼称だろう。
攻撃的なブラジルサッカーとは裏腹に実際のカナリアは小さく可愛い。常にさえずっているため昔は炭坑に入る最初の坑夫が籠に入れて携えた。人間よりも一酸化炭素などに敏感で発生を感じると鳴きやむことで危険を知らせたのだ。
そんな「炭鉱のカナリア」 canary in a coal mine は「歩哨動物」 animal sentinel 一般の比喩にも頻繁に用いられる表現だ。ウィルス性疾患の流行や汚染の広がりなどを人間よりも敏感な動物たちが先に教えてくれることを指す。内分泌攪乱物質 endocrine disruptors が話題になったことがあったが、性転換した川魚や貝類が sentinel だった。
蚊が媒介して脳炎を引き起こす西ナイルウィルスが西アフリカからアメリカに渡ってきたのは1999年のことだった。ニューヨークに端を発する流行 epidemic / outbreak はやがてブラジルを含む中南米にも広まる。その後2005年と2012年の流行を受けて米国の疾病管理センター Centers for Disease Control が今年10年ぶりに対策ガイドラインを改定した。流行を予測するのは不可能として蚊や鳥類などの媒介動物 vectors の監視 surveillance を推奨している。
もともとミステリアスなカラスの大量死が当時はほとんど知られていないこの病気の前触れだった。動物の大量死は世界各地で頻発している。原因は様々だろうが、自然のこうした異変は人間への警鐘として謙虚かつ冷静に受け止めたいものだと思う。
(「毎日フォーラム 日本の選択」2013年11月号掲載)