老いらくの恋?

うちの猫は15歳のおじいちゃんと10歳の熟女のペア。熟女のタラは子供の時に、ストルバイトという砂が出来やすい体質であることが分かって以来、ずっとpHコントロール食だったが、おじいちゃんのポンの方は日本猫にはあるまじき8キロという巨漢に育ってしまった以外は、いたって健康だった。

ところが1年半ほど前、ちょうど13歳になったばかりの頃、急に体重が減ったことに気づき検査をしてみたところ、残念ながら腎臓を悪くしていることが分かった。それからずっと朝晩薬を飲ませ、夜には200CCの生理食塩水を皮下輸液する毎日。腎臓が機能しないと飲んだ水が全部おしっこになって体の外に出てしまうので、脱水症状を起こさないよう、人間だったら点滴をするように、猫には皮下に輸液をしてじわじわと体内に吸収させるのだ。

母猫が子猫をくわえる首の皮のところをつまむと猫はおとなしくなる。テントのように引っ張り上げて細い注射針をぷすり。その瞬間ぴくりとされたり「にゃ!(いた!)」と抗議されると気が引けるが、うまくいった時にはほとんど気がつかないらしい。血管に点滴するのと違って、猫の場合たっぷり余裕のある皮膚と筋肉との間に流し込むので10分もあれば終了。ポンはそれほど我が強くないので比較的おとなしくされるがままになっているが、150CCくらい入ったところでむずかりだす癖があり、我が家ではこれを「150CCセンサー始動」と呼んでいる。

終了後しばらく針のあとを押さえるのだが、それでも時々液が漏れだすことがある。気にして背中を舐めようとするので薄いタオルを巻いて首のところでしばってしまう。「ポン君、正義の味方のマントだよ、かっこいいね」となだめるが、本人(猫)はいたって不本意な顔をしている。黒とピンクのマントを用意しているのだが、特にピンクに納得がいかないらしい。猫の目に見える色は限られているのだが、ピンクはどうやら「イケてない色」に分類されているようだ。

飼い主が毎日頑張っているのも少しは功を奏しているのだろう、少々足腰が弱ってきているが15歳のおじいちゃんは結構元気だ。子供の頃に去勢しているのだが本能はなくならない。もともとタラとは仲が良いのでしょっちゅういちゃいちゃしているのだが、そのうちにポンがむらむらすることがあるらしく、迫り方がしつこくなると「しゃ~っ!」と威嚇されたり猫パンチを繰り出されたり、時には噛まれたりしている。

それでもポンはめげない。基本、タラが大好きなのだ。とうとうタラが逃げ出すと、負けないスピードで追いかけていく。まるで子猫時代のような猫の運動会が始まる。家の中を何度か回遊して面倒くさくなったタラは椅子や出窓などの高いところに飛び上がる。猫の社会では高いところにいるものが強いので、これで終了かと思いきや、ポンはかまわずさらに追いかけたり迫ったりする。ある意味掟破り。どうやら赤ん坊時代にその根っこがあるらしい・・・と私が感じている理由は、また次回。

オリンピックとカナダの木

 2月12日から17日間にわたって冷たい雪と氷の上で熱い戦いが繰り広げられ、今月は同じ会場で10日間のパラリンピックが行われているバンクーバーは、カナダの13の州と準州 provinces and territories のうち、最も西に位置するブリティッシュコロンビアBC最大の都市だ。その隣町にスピードスケート会場のリッチモンド・オリンピック・オーバルがある。サステナビリティーをテーマとして出来るだけ既存の施設を利用した今回の五輪のなかで、新しく建設された数少ない建物の一つだが、大変美しい建造物であると同時にある工夫が話題を呼んだ。

 BCは面積の半分を林業の対象となる経済林が占める緑豊かな州だ。ところがここ数年、温暖化の影響か冬の間の気温が十分に下がらないため、松食い虫が大発生して産業と自然を脅かしている。森林は本来二酸化炭素の吸収源 forest sink だが立ち枯れ木を放置すれば排出源になってしまうし松食い虫の蔓延に拍車をかける。そこで被害にあった木を木材にしてスケート場の大きな美しい屋根を作ったのだ。

 林業への取り組みはそれだけではない。昨年州議会で Wood First Act という法律が成立した。州が発注する建物はまず木造を前提に検討することを求めている。コンクリート業界からはすこぶる評判が悪いが、州内の林業を基盤とする市町村が相次いで賛同の決議をしているようだ。さらにそれに先立つ4月には建築基準法 Building Code を改正し、木造住宅の高さ制限を4階から6階に増やしていた。

 ちなみにカナダは連邦レベルだけでなく州にもそれぞれ首相や大臣がいる。昨年11月BC林業界の使節団を率いて来日した林業大臣に同行したが、印象的だったのはカナダ産の木材を作って建てられる老人ホームの地鎮祭で意外にも器用にそれっぽく柏手を打って礼をする大臣の姿。そして林野庁長官を訪問した際に見た、日本のお役所とは思えない、木がたくさん使われた素敵な農林水産省の玄関ホールだった。

(「毎日フォーラム 日本の選択」2010年3月号掲載)

素敵な北海道弁

 世の中朝型人間 early birds と夜型人間 night owls がいるが、私は典型的な後者で時々テレビの深夜番組にお気に入りを見つけたりする。そのうちゴールデン prime time に昇格するものがある一方、(私に)惜しまれつつ終わってしまうものもある。中でも懐かしいのがあるお国自慢番組だ。通訳の現場には講演原稿を見ながら訳すサイトラ sight translation と言うのがあるが、この番組でもフリップに書かれたお国言葉をその地方出身のタレントが標準語に変換するというゲームがあって実に面白かった。様々な方言が魅力的なのに加え、それを標準語に訳すのに四苦八苦している様子に我が身を重ねていたのかもしれない。

 年末年始を過ごした北海道の実家で、音楽番組で生前の美空ひばりが歌う姿を見た母がつぶやいた。「この頃から悪かったんだね、がおってるもね。」東北から北の人には分かると思う。「がおる」とはやつれたり顔色が悪かったりすることだ。普段どっぷり標準語の世界に浸かっていて忘れているが、そういえば北海道にも独特の言葉があったっけと、件の番組よろしく文章を作ってみた。

「なに、めっぱ出来ていずいの?それはあずましくないねぇ。ちょしたりかっちゃいたら駄目だよ。腫れたらなまらみったくないべさ。」標準語に訳してください。(解答は最後に。)

 一言で訳しきれないニュアンスたっぷりの言葉も多い。「おだつ」は調子に乗ってはしゃぐという意味で「いい歳こいておだつんでないの、はんかくさい」(いい歳して調子に乗って、馬鹿じゃないの)のように使う。「たごまさる」は靴下などが足首のあたりにくしゃくしゃとたまった様子。「したっけね~」の一言には「ではこれで失礼しますがどうぞご機嫌よう」の気持ちが詰まっている。お国言葉は奥が深い。

 さてこちらが解答例です。
「あら、ものもらいが出来てごろごろするの?それは気になって落ち着かないわね。さわったり掻いたりしては駄目よ。腫れたらとてもみっともないことになるから。」

(「毎日フォーラム 日本の選択」2010年2月号掲載)

魔の金曜日とインターネット

 一部回復の兆しが見られるものの、まだ弱々しい世界景気。日本にいたってはデフレ経済に陥る中、小売業界も何とか消費の口実になるようなイベントが欲しくて仕方がない。そこでこの冬にかけて目立ったのがハロウィン。行きつけのスーパーでもかぼちゃをくりぬいて作るお化けの Jack-o’-Lantern を始めとするハロウィン・キャラクターのお菓子やディスプレーに加え、レジのお姉さんたちが魔女の帽子をかぶるという力の入れようだったがそれも10月31日まで。翌日からはあちこちでいきなりクリスマス・モードだ。アメリカに長く暮らした通訳者は「早すぎてついていけない」とげんなりしていた。それもそのはず、アメリカには感謝祭 Thanksgiving Day というクッションがある。

 アメリカの感謝祭は11月第4木曜日だが、その翌日の金曜日は Black Friday と呼ばれる。語源は19世紀に始まる市場大暴落が起こる魔の金曜日だが、最近ではこの日こそクリスマス商戦の初日。小売店が早朝(本当に朝も暗いうち)から店を開け、目玉商品 doorbusters 目当てに消費者が殺到するのだ。目抜き通りは大渋滞で、その対応に追われる警察が苦々しい思いで使ったのが1960年代のこと。今ではそれまで赤字だった小売店の商売が黒字に転ずる日だと説明されている。 さらに週明けにはオンライン・ショッピング・サイトの多くがセールを始めるので Cyber Monday と呼ばれる。

 どうして週明けまで待つのか? この言葉が出来た当時、まだブロードバンドは家庭まで普及していなかった。感謝祭の週末、普通の店舗型 brick & mortar 小売店でさんざんウィンドウ・ショッピングをした消費者が、月曜日に出社するなり家より接続の早い会社のインターネットで e-Commerce サイトにアクセスした名残だという。今や家でも高速インターネットは当たり前、それにショッピング・サイトにアクセスさせてくれるようなのんびりとした会社があるとも思えない。

 古き良き時代・・・? たった5年前、2005年の話である。

(「毎日フォーラム 日本の選択」2010年1月号掲載)

褒めてるんだか、けなしてるんだか・・・

 初老のご婦人が二人会話をしている。「ついこの間60歳になりましたの。」「まあ!とてもそうは見えません。お若いこと!」この最後の一文 “You are young!” と言ってしまったら、険悪な雰囲気になること必至。もっと年上かと思ったのに意外に若いのね、の意味になるからだ。褒めたいんだったら “But you look so young!” と言わなくてはいけない。社会人になりたての新人に「若者は元気で良いな」のつもりで言っても「おまえは未熟者だ」に聞こえることがあるので要注意の一文なのだ。

 3年くらい前から急に流行って今や定番化した感のあるスキニー・ジーンズ。衣服が体にぴったり添うほど細いことを skinny というのだが、a skinny girl のように人に使ってしまうと貧相なほどのやせっぽちのことになる。褒めたいのなら優雅にほっそりしていることを意味する slender の方が良い。体型 figure を形容するのなら slim や健康的に引き締まったことを意味する lean 等も使える。

 普段なかなか口に出来ないような美味しいものを食べさせてあげようと連れて行ったレストラン、一口食べた相手が “Wow, this is wicked!”「嫌だ、まずい」ではない、「すごい、美味しい!」の方だ。もともと悪意のある、邪悪なといったネガティブな言葉がポジティブな意味で使われることがある。最近若者言葉で「やばい」が「超美味い」の意味で使われるのと似ている。

 さて、”He’s soft” は、褒めているのでしょうか、けなしているのでしょうか? 文脈にもよるが「彼」の正体がぬいぐるみやペットでない限り、けなしている確率が高い。 スポーツ選手だったら心がすぐに折れるタイプで頼りない、soft in the head の短縮形ならお馬鹿さん、soft on … は~に甘すぎる。日本語のソフトとはちょっと印象が違うので気をつけたい。ソフトタッチも “He’s a soft touch.” と言うとだまされやすいお人好しのカモになってしまう。

(「毎日フォーラム 日本の選択」2009年12月号掲載)