Garbage-In-Garbage-Out 通訳者の容赦なきダメ出し

 複数言語が飛び交う国際会議、独語や仏語のできない私はいったん英語に訳されたものを日本語に、複数言語を扱える欧州の通訳者たちもさすがに日本人の発言は日英通訳者の英訳から互いにリレー通訳していた時の事。別言語の通訳者に We really appreciate a functional Japanese booth. と褒められて複雑な気分になった。つまり機能していないことが多々あるという容赦ない指摘だからだ。至らない点は素直に反省するがどうにもできないこともある。その状態を私たちは哀愁を込めて garbage-in-garbage-out と呼ぶ。

 大変残念なことだが日本人には話の上手な人がまだ少ない。先日も珍しく素晴らしい日本人発表者に拍手喝采しながら訳していたら、途中で講演者が交代して事態は一変。話題があちこち飛んでは戻り、文章には主語がない、あっても述語と呼応しない、はちゃめちゃな話しぶりで全く要領を得ない。ようやく最後のスライドまで来て何か言いかけた途端、一人目の発表者が「ということで」と被せ気味に引き取ってまとめに入った。話し上手な人は他人の話の巧拙も判断できる。ハラハラしながら聞いていたに違いない。

 10分間の持ち時間に85枚のスライドを持ち込んだ人もいた。全部使うと言い張り「何とかなるでしょう、ははは。」なるわけがない。持ち時間を10分超過し主催者から止められてようやく降壇したが、結論はまだはるか先。もちろん中身も見事にぐしゃぐしゃだ。下手な人ほど準備も練習もしない。だから一向に上達しないのだが本人にその自覚がないところが何とももどかしい。

 欧州在住の通訳者は日本の交渉担当者から「分からないところは分からないように英訳してください」と言われ途方に暮れたそうだ。他言語の通訳者から機能していないと批判されるのは、日英通訳者の実力不足だけが原因なのではないのである。

(「毎日フォーラム 日本の選択」2015年10月号掲載)

パラレルの話

昔IBMで主要なコンピュータやプロセッサの開発を手掛けたレジェンド的なエンジニアがいて、数年前に引退するまで時々講演のために来日していた。開発の裏話など聞けて楽しかったのだが、最後に会った時にはハードの性能が上がってもプロセッサのマルチコアを活用するための並列処理 parallelism のプログラミングがアプリケーションでされていない、ウィンドウズにゲームがついてくるのは遊んでいるコアを使わせるためだと嘆いていた。その後の改善には明るくないがPCの反応の遅さにいらっとして彼の言葉を思い出したので、今日はパラレルの話をしよう。

今年はNPT、TPP、沖縄の米軍基地移設問題、憲法解釈など、ずいぶん大型案件で「平行線」の議論が相次いだ印象がある。平行した2本の線はどこまで行っても交わることはないので、日本語では交渉が不調に終わる fail to narrow the differences ことを意味するが、英語では2本の線が仲良くどこまでも続く様子は似ていたり匹敵したり一致したりする時に使われる。そこで埒が明かない議論についつい Our arguments are parallel. なんて言ったら「考え方としては一緒だよ」と同意を示すことになる。もちろんそれが突破口 breakthrough を開くきっかけになる、なんていう棚ぼたもなくはなさそうだが、意図しないことは言わないに越したことはない。

ちなみにここで使った「~たり~たり~たり」という連続や「なくはなさそうだが~言わないに越したことはない」という二重否定の多重化は並列法という修辞法 rhetoric でこちらも英語では parallelism と言う。

最後に、日本語との発想の違いに驚くパラレルをもう一つ。まさかの縦列駐車 parallel-parking だ。車同士は一直線だが縁石 curb に対して平行に停めるから。対する並列駐車はやっぱり縁石に対して垂直なので perpendicular parking … やれやれ。

(「毎日フォーラム 日本の選択」2015年9月号掲載)

スマホの時代の壁の花

スマートフォンの世帯普及率が日本でも6割を超えたらしいのだが、それよりも驚いたことがある。なんと固定電話の普及率がいつの間にか8割を切っているようなのだ。つまり5件に1件、電話回線がつながっていない家がある。子供の頃にはどの家庭にもあった黒電話の時代からずいぶん遠くまできたものだ。電話はその後コードレスとなり、さらにモバイルへと進化し私たちの自由度を広げてきた。

私の学生時代にはダンパなるものがあった。学生のサークルが開催するダンスパーティーのことだ。シャイで内向的な子たち introverts はなかなか誰かを誘ってフロアに出ることができず壁際で肩を寄せ合って所在無げにしていたものだが、そんな様子を表現した「壁の花」がもともと英語の wallflowers の直訳だと知った時も少し意外な気がしたものだ。

そんな若者文化も忘却のかなたとなった今日、壁際に並ぶ人々にはどうやら別の事情があるらしい。壁の花ならぬ wall huggers 「壁にしがみつく人々」とは、コンセントを求めて壁際にずらり並んだり座り込んだりする iPhone ユーザーたちを皮肉った言葉だ。ブラックベリーのCEOが口にしたのにサムスンが乗っかり、空港で時間をつぶす乗客たちが電源を求めて壁際に張り付く様子をちょっと笑えるCMに仕立てて話題を呼んだ。

ワンセグやお財布携帯がなかろうが互換性に限りがあろうが、使い勝手の良さや独自のアプリの豊富さがそうした欠点を補って余りあるものとしてスタイリッシュな端末を愛し続けてきたコアな loyal アップルファンまで、思わず「あるよね」と苦笑したらしい。薄くて軽いスマホが搭載できるバッテリーにはどうしたって限りがある。

現代版「壁の花」は壁からコードで繋がったデバイスを握りしめ、ダンスフロアならぬ社会・世界とつながりを保とうとしている。固定電話から自由になったのは何のためだったのだろう?

(「毎日フォーラム 日本の選択」2015年8月号掲載)

イギリスで冷たいビールを飲む方法

 そろそろ夏本番、あちこちでビアガーデンがオープンする季節だ。蒸し暑い日本の夏をやり過ごすのに、キンキンに冷えたビールは欠かせないが、海外ではあの冷たさにはなかなか出会わない。ビール大国ドイツで飲むビールもとても美味しいがやはりキンキンではない。冷やしすぎると逆に味が分からなくなるから、とはビールをこよなく愛する国民らしい。陶器製のビアマグで飲む印象が強いが、銘柄ごとにブランド名の入った形の異なるグラスもたくさんあって楽しかった。

 ドイツと並ぶビール大国チェコはピルスナー発祥の国でもある。店によってはステムの付いた丸いグラスの台座にブランド名が記された丸い紙を被せて出す。Budweiser というブランドのビールがあるが、あの薄いビールとは全く別物、しっかりとした苦味の飲みごたえのあるビールだ。チェコ人は「僕らがアメリカ人に作り方を教えたんだ」と主張していたが、ドイツ系アメリカ人が勝手に名産地の名前を使って商標登録してしまったというのが真相らしい。

 昔ロンドンで3日間ほど泊まった B&B は1階に小さなバーが併設されていた。ビールを頼むと冷蔵庫の一番手前から瓶を取り出してついでくれるのだが、それが「今冷蔵庫に入れたばかりだよね」と突っ込みたくなるようなぬるさ。うだるような暑さから帰ってきたのでどうしても冷たいビールが飲みたくて Can I have an ice-cold beer? と頼んだら、明らかに移民で英語の怪しいバーテンダーが、やっぱり一番手前の瓶を取り出し、グラスに注ぐとそこに氷をひとかけら放り込んで出してきた。そう来るか…。

 もともとイギリスではビールはそんなに冷やすものではなく、エールと呼ばれるアルコール度数が高めなのをちびちび飲むのが一般的なのだそうだ。冷たいビールが飲みたいときはちゃんとしたパブでラガービールを注文しなさい、と後から教わった。

(「毎日フォーラム 日本の選択」2015年7月号掲載)

喫煙はだれを殺すか

海外出張から帰国の便に乗る前に免税店をうろうろしていたら煙草のカートンが目についた。でかでかと Smoking Kills と書かれている。健康を損なう恐れが、とか、心筋梗塞や脳卒中の危険性を高める、なんていう生易しいものではない。喫煙は死を招くという実にダイレクトな警告だ。それでも手に取っていく人が後を絶たないところを見るとどんなに物騒な言葉にも人は慣れてしまうという事なのだろう。

ちなみに世界各国で煙草の箱に書かれた警告の文言はいろいろだが英語の表示では kills 以外に clogs the arteries 血管を詰まらせる、causes… ~の原因になるなど、容赦なく言い切るものが多い。

煙草の健康被害は医療費への負担になる。そこでオーストラリアでは2012年から plain package というパッケージの一律デザインを制度化して喫煙率を下げようとしている。ブランドごとの特徴は一切なし、若者が友達に見られたくなくて思わず隠してしまうような色と説明される冴えない色が使われ drab dark brown くすんだ濃茶と呼ばれている。もともとくすんだ緑 olive green だったのだが、オリーブ協会からクレームがつき色の名称のみ変更したらしい。欧州でも英国とアイルランドが立法化、来年あたりから制度化していく予定だ。

ところで本当に煙草で殺されそうな気持になるのは非喫煙者だ。外国人と日本の顧客を訪問した後小さなエレベーターに乗っていたら、途中階から乗ってきた二人の男性がとんでもない匂いを放っている。ぎょっとして息を止めていたら They must’ve been smoking. 「吸ってたんだね」と囁かれたので思わず They must’ve been being smoked. 「燻されてたんじゃないかしら」と答えたらむせるように大笑いされて、降りた後 That didn’t help.「あれはだめだよ」と叱られた。ふる方が悪い、と思ったが、とりあえず高層ビルでなかったのは不幸中の幸いだった。

(「毎日フォーラム 日本の選択」2015年6月号掲載)