初めましてか否か

ン十年選手のベテラン会議通訳者でも時にレセプションなどのアテンド業務に呼ばれることがある。若くてきれいな通訳者がいっぱいいるのだから、華やかな場にはそうした人選をすれば良いのにと思うのだが、ありがたいことに百戦錬磨の安心感を求める顧客も多いのだ。

数百人の顧客やビジネス・パートナーを招待する恒例のレセプションのために毎年来日するあるCEOには悩みがあった。彼の名刺を持って控える女性と遠くからでも居場所が分かるように赤い風船をもってついてくる女性、さらには必要な時に割って入る通訳者、時には大切な顧客を彼に紹介しようとする営業担当者など、小さな大名行列状態で練り歩く自分のもとに、ひっきりなしに名刺交換に訪れる参加者と、初対面なのかそうでないのかが分からないことだ。

英語では初対面か二度目以降かであいさつが異なる。前にも会っている人に Nice to meet you. 初めましては失礼だし、逆に初対面の人に Nice to see you. と言ってしまったら自分のことを調べてでもいたのかと勘繰られそうだしどうしよう、と言うので気にしなくても良いとなだめるのだが納得しない。相手が言ってくれるのを待ったら?と提案したら reserved もったいぶった感じになるのは嫌だ、と何ともネアカのアメリカ人らしく面倒くさくも可愛らしいことを言う。じゃあ、どちらか不安な時は How are you? で行きましょう、要通訳なら日本語で何とかするから大丈夫と言いくるめて、その日私は「お世話になっております」を連発した。だって、初対面だろうが何だろうがビジネス上何らかの取引があるのは間違いない。

そうこうしているうちに明らかに昔からよく知っているパートナーが上機嫌で歩み寄ってきた。CEOも両手を広げて友人とのあいさつモードに入ったところ相手が先に喜色満面 Nice to meet you!

なるほど、日本人にとってはどちらでも構わないのだね、と妙に得心して彼は帰国の途に就いた。

(「毎日フォーラム 日本の選択」2017年7月号掲載)

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