子供の頃何かを約束する時に「指切りげんまん嘘ついたら針千本飲~ます、指切った」という囃子歌を歌いながら指切りをしたことはないだろうか。針を千本なのか魚のハリセンボンなのか諸説あるようだが、飲みたくないことには変わりない。
英語には “I’ll eat my hat if…” のように、違ったら帽子を食べるという表現がある。チャップリンの『黄金狂時代』には靴を食べる有名なシーンがあるが、さすがに帽子は食べなかったと思う。実はこのhatは帽子のことではないという説がある。昔、卵、ナツメヤシ、塩、サフラン、子牛肉を主な材料とする恐ろしくまずい料理があってその名も hattes、嘘をついたらそれを食べると誓っていたのが、いつの間にか帽子にすり替わったのだとか。
いずれにせよ自分の主張の正しさを帽子に賭けて誓うというのは納得がいく。色々な制服にも現れているように職業や誇りの象徴だからだ。そこで、二つ以上の役割を兼務する、つまり二足のわらじを履く人のことを “He wears two hats/ more than one hat.” と表現する。途中まで審議官として話していた人が立場を変えて何らかの団体の事務局として発言するときなど “Now, let me put on the other hat.” と一言ことわりを入れると、スムーズに論点を変えることが出来る。
ボクシングに例えて “throw in the towel” タオルを投げると言ったら敗北を認めてあきらめることになるが、逆に “throw/toss one’s hat in the ring” 帽子を投げ入れたら参戦を宣言することになる。今のようにスポーツとして確立する前のボクシングは興奮した聴衆が我も我もと参加する男臭い娯楽だった。「次は俺だ!」と声を張り上げても周囲の怒号にかき消されてしまうので、帽子でその意思表示をしたことに由来する。
夏の参議院選に向けて現政権や元与党に愛想を尽かした議員や地方自治体の首長経験者が次々に離党したり政党を立ち上げたり、なにやら “so many hats in the ring” 状態だが、針千本飲まなくても済む政権党が誕生するのはいつのことになるのだろう。
(「毎日フォーラム 日本の選択」2010年5月号掲載)