以上でもない、以下でもない

 通訳者が一人で逐次通訳をする場合の目安は3時間以内で、それより長丁場more than three hoursになると2名以上more than one必要になる。もちろん一緒にステレオで訳出するわけではないので、片方はサポート役として数字や固有名詞をメモしたりする。

 ある時、屋内配線の国際資格取得のためのセミナーで逐次通訳をした。ケーブルの引き回しに関して曲げる回数がless than fourでなくてはならないという指示があり、私が「曲げは3回までにしてください」と訳したとたん、隣でサポートをしていた若手の通訳者が大慌てで目の前のメモ用紙に大きく「4」と書いてくれた。でも「4回以下」と言ってしまったら4回曲げても良いことになる。英語のless thanは未満の意味なので4回曲げてはいけないのだ。文脈上3.8回曲げるなんていうのはあり得ないので、3回までが正解なのである。ただ思ったとおり受講者からも「4回と聞こえた」と質問があり、講師に確認しながら説明を加えた。またその後の相談で誤解を避けるためthree bends or lessと言ってもらうことにした。”Don’t use more than 5 bolts.”も「5本以上使ってはいけない」だと4本までしか使えないことになるので「ボルトの使用は5本まで」と訳した方が誤解がない。

 野球のボールカウントが日本と逆でtwo-oneだったら1ストライク2ボールになったりするので、数字は機械的には訳せないことがある。4ゲーム先取のことをthe best of 7 gamesと言うのは最後まで競り合うと最大7ゲーム行うことになるからだ。元号も通訳者にとっては鬼門だ。西暦に直さなくては英訳できない。

 どんなに外国語に熟達しても計算は母国語でしかできないと言われる。特に日本語は位取りが異なるので、企業の時価総額を何のひねりもなく訳すのにもみんな若い頃苦労する。ただフランス語のように91を20の4倍足す11quatre-vingt-onzeと表現する言語があることを思えば英語はまだましだと思うしかない。

(「毎日フォーラム 日本の選択」2008年12月号掲載)

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