手放しで喜べない「可愛い」

 最近の若い人は何でも「可愛い」なのね、と米寿を迎えた母が笑う。確かに赤ん坊も子犬もひらひらのチュニックもシックなドレスも凝った盛り付けのスイーツも本物と見紛う食品サンプルも、下手をしたら髑髏のマークまで可愛いと評される時代だ。使い手の表現力の欠如とも言えるが、好ましいものはどうやら全て可愛いらしい。

 国際語にもなっている。私が初めて遭遇したのは10年ほど前で、仕事帰りのパリで手芸用品店をのぞいていたら Kawaii というタイトルの本が売られていて驚いた。フランス語で書かれた手芸本だった。今でこそ英語の辞書にも収載されて日本文化の一端を説明する単語としてそこそこ存在感を発揮しているが、当時はまだそれほどではなかった気がするので、著者はなかなかの日本通だったのだろう。

 英語にするときには文脈に合わせて使い分ける必要があるが小さな子供に使う時は adorable か cute あたりが一般的。ただし褒めたいならば心を込めて So/How cute! と言わなくてはいけない。モノトナスな That’s cute. は自慢話などにうんざりした時の不快感を表し「大したもんだ」という皮肉になる。

 アメリカのテレビで若い女優さんがチャリティ活動についてインタビューされて子供の頃から両親に Pretty is as pretty does. と教えられて育ったと答えていた。行いが善い人こそ真の美人と言うわけで、 pretty は cute よりも綺麗側に寄った名詞もしくは形容詞、手放しで褒める言葉だ。

 面白いことに同じ形で副詞としても使うのだが、問題はどの程度を指しているのかだ。 How are you? に答えて Pretty good. はどのくらい元気なのか。 Your English is pretty good. はどのくらい上手いと思われているのか。実は前者は「まあまあだよ」、後者は「思ったよりも上手いじゃん」の可能性が pretty high 意外と高かったりするので、どんなトーンで言われているのか、しっかり耳を澄まそう。

(「毎日フォーラム 日本の選択」2016年6月号掲載)

「手放しで喜べない「可愛い」」への1件のフィードバック

  1. カワイイ
    チリにいた中学生の頃、アメリカ人ペンパルとの交流というのを学校でやらされて、もらった手紙にやたらと pretty が書いてあって(pretty good とか)、これはどういう意味だろう、と悩んだのを思い出しました。
    学校ではそういう使い方は習っていなかったので。

    Kawaii!! はもうあちこちですっかり定着したようですね。世界から見るときっと日本はかわいいものだらけなのでしょう。
    不思議な感じではありますが、karoshi だの ijime だの dango (談合)だのが輸出されるよりはプラス評価の言葉だからいいかな、と思ったりしてます。

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