山田さんの災難

TV会議でプレゼンを一段落したアメリカ人スティーブの Yamada-san, I see you are scratching your head. というコメントに山田さんはパニックした。「両手でキーボードをたたきながら内容をメモしてたから頭なんて掻けないけど?」 Oh, it’s a figure of speech. と更なる難関が。「え、どの数字?それとも何かの図?」 Apparently you weren’t buying what I was saying. と畳みかけられた山田さんはとうとうギブアップして、通訳音声を聞くためにイヤホンをつけた。

自分の仕事に直結することならばかなり専門的な内容でも英語でこなせるが、逆に普通の会話が苦手という日本人は割と多い。しかも文化的にしぐさの意味が異なったりすると分かりにくさは倍増する。日本語の「頭を掻く」は「えへへ、ぽりぽり」と照れている様子を表すが、英語では相手の言葉に納得できず当惑する、つまり「首をかしげる」という意味になる。文字通り頭を掻いていたわけではないので「言葉の綾だよ」と相手は説明し「僕の話が腑に落ちていない様子だったから」と続けたのだ。

「上手く行くよう祈ってるから」をジェスチャー付きで言いたい時、日本人女性の多くが両手を胸の前で組むのではないかと思うが、欧米人の多くは人差し指に同じ手の中指を重ねて I’ll keep my fingers crossed. と言う。元々はキリスト教の十字架の象徴、魔よけの意味があった。言葉のみで Good luck! の代わりに言う事もあるのでこのしぐさを知らないと戸惑うかもしれないが、決して両手の人差し指を交差させる居酒屋での「お勘定!」を想像してはいけない。

後日フォローアップのTV会議に現れたスティーブはなぜか無精ひげがぼうぼう。こちらのプレゼンを聞きながら文字通り頭を掻いている。You’re scratching your head this time. と突っ込む山田さんに I’ve been too busy bug-fixing to sleep, shave or shampoo! 「寝る間も惜しんでプログラムの修正にかかりっきりで髭も剃れない、髪も洗えない」…… 単に痒かったらしい。

(「毎日フォーラム 日本の選択」2016年7月号掲載)

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