社会的責任と二日酔い

 突然ですがクイズです。お金、CSR、嫉妬に共通することはなんでしょう?ヒントは色です。

 日本人に「お金の色は?」と聞いたら大判小判の金や風水の黄色を思い浮かべる人が多いと思うが、アメリカ人にとっては緑だ。見たまんまだがドル紙幣のことをgreenbackと呼んだりする。最近では物言う株主activist shareholdersとの境界線がはっきりしないグリーンメーラーのgreenmailもこれと脅迫blackmailを組み合わせて出来た言葉だ。

 しかし、最近流行のgreenと言えば、何と言っても環境だろう。洞爺湖サミットも別名温暖化サミットだったし、経済産業省が音頭を取って産官学連携で立ち上げたグリーンIT推進協議会もさっそくGreen GridやClimate Saversなどの海外団体とMOUを結んだり、大規模な国際シンポジウムを開いたり、となかなかフットワークの軽い滑り出しを見せている。

 またここ数年企業が取り組んでいるCSRでもgreenであること、つまり環境に優しい会社であることが良き企業市民の社会的責任の一環と見なされている。ただしそれを強調しすぎるとgreenwashエコの誇大広告、あたかも環境に良いかのように宣伝していると見なされるリスクもある。もともとは壁を白く塗って取り繕うwhitewashから生まれた言葉で、昨今の隠れ蓑は緑色をしているらしい。本当のグリーンか、それとも表面だけか、消費者も見極める眼を持たなくてはならないようだ。

 ところでその眼が緑になると嫉妬に狂うことを意味する。green-eyed monsterはシェークスピアのオセロに出てくる有名な表現。激しく嫉妬をすると眼ばかりか顔色も緑になるらしくgreen with envy/jealousyと言ったりする。greener pastures良い条件の転職先を見つけた同僚をうらやんで深酒をすると、翌朝二日酔いwake up green, have a hangoverすることになるのでご注意を。

(「毎日フォーラム 日本の選択」2008年9月号に掲載)

和製英語にご用心

 学生の頃講師をしていた学習塾では、小学5年から英語を教えていた。始めての英語の授業にワクワクしている子供達に「英語の食べ物」を尋ねると、レモンやケーキの間にピーマン(green pepper)やハンバーグ(hamburg steak)が混ざりだし、そのうち必ず「シュークリーム!」と叫ぶ子が出てくる。思うつぼ。「英語でシューは靴だから、靴クリームになっちゃうよ!」どっと笑う子供達に正しい呼称のcream puffや、a shoeとshoesの違いなんぞをおもむろに教えたものだ。

 氾濫するカタカナ語に眉をひそめる向きもあるが私はそれも立派な日本語だと思っている。異なる言語の間に交流が生まれ互いに影響を及ぼすのは決して今に始まったことではない。外来語であることが分かるように大和言葉とは別の表音文字を使うことを選択したのは、とても独創的な工夫だと思う。唯一問題があるとすれば、英語だと思いこんで間違って使ってしまうことだろう。

 海外のホテルでパソコンを使いたいのだがどこにつないで良いのか分からずフロントに電話をかけたビジネスマンが”Where is a コンセント?”残念ながらこれは通じない。電話では埒があかず部屋まで上がってきてくれたコンシェルジュが”Ah, an outlet!”

 ベンチャー・ビジネスも立派な(?)和製英語だ。venture businessと言ったらventure capitalのビジネスのことだと思われる。正しくはstart-up (company)、大学発ベンチャーならuniversity spin-off、創業して何年もたっているならniche player、ベンチャー精神はentrepreneurship、流行の社内ベンチャーはin-house business ventureとかspin-off candidateなどが通じやすいだろう。

 スタッフも少々ややこしい。部下を紹介しようとして”She’s my staff.”と言ったら部下が一人しかいない可哀想な上司になってしまう。誤解を避けるには”She’s a member of my staff (team).”あたりをどうぞ。

(「毎日フォーラム 日本の選択」2008年8月号に掲載)

思い込みは禁物

ずいぶん長く教えている通訳学校で、ある時「betterはどんな場合でもgoodより良い」と思いこんでいる生徒がいて、難渋したことがある。中学校で習ったgood-better-bestの活用がしみついているのだろう。でも、部下の報告書を見て”This is good!”と言えば手放しで褒めたことになるが、”This is better.”では、前回の報告がよほどひどかったように聞こえる。

 最近は外注と言わずにアウトソーシングと言うことが増えてきた。IT分野のリサーチ・コンサルティング会社のガートナーが毎年開いているソーシング・サミットも今年で5年目を迎え、どうやら成功の方程式 best practice も次第に確立されつつあるようだ。受託企業のことをoutsourcing company、service providerもしくはoutsourcerと呼ぶ。「outsourceをする委託側こそoutsourcerで受託側はoutsourceeであるはずだ」というもっともらしい主張を時々聞くが、だいたいが英語圏外の人たちだ。licenser-licenseeが頭にあって思いこんでしまうのだろう。

 でも、言葉は生きている。

 思いこみは禁物なのだ。どうしても腑に落ちない方はまだ外注と言っていた時代、contractを受ける受託企業がcontractorで 、contracteeではなかったことを思い出していただけると納得がいくかもしれない。

 ショッピング中の若いお嬢さんがふわふわのスカートを見て「まあ、ボリューミー!」こんなあからさまな間違いは論外だが、riskがriskyになったりspiceがspicyになったりするので、ついつい思いこんでしまうこともあるのだろう。

 ある日本の自動車メーカーで、新車種の車内がゆったりしていることを海外メディアに紹介するのに、スペイシーを連発される方がいたのには困った。正しくはroomyかspacious。spacyだとぼ~っとしたお馬鹿さんのことになってしまう。

(「毎日フォーラム 日本の選択」2008年7月号に掲載)

固有名詞の華麗なる変身

 昔、ソニーにつとめている人が「他のメーカーのものまでウォークマンと呼ばれる」と不満そうにもらしたそうだが、実は内心自慢だったに違いない。アナログ時代であったとは言え携帯型音楽プレーヤーの代名詞だったのだから。つい「パナソニックのウォークマン」と言ってしまった経験のある人は少なくないはずだ。このように一般名詞化するのはある意味ブランドにとっての勲章だろう。

 うっかりすると気がつかないが「宅急便」もヤマトの商標で、一般名詞は宅配便だ。英語ではcourierと言うが、時に”Fedex it for me”「送っておいて」とか”It’s been DHLed to you”「発送しました」のように、固有名詞がそのまま動詞で使われることがある。また、日本語で「ググる」と言うのと同じように、googleは英語でも検索するという意味の動詞になる。”I was googling around last night to find…” と本家本元googleのエグゼクティブが言っていたが、ライバル各社では眉をひそめられてしまうかも・・・(そんな時は browse the web や search を使おう。)Velcroもマジックテープの代名詞だが、「マジックテープでとめる」という動詞にもなる。

 一般名詞や動詞にまでなってしまうのは、知名度もさることながらその分野で初めての製品やサービス first-to-market である場合が多い。Kleenexはティッシュペーパーの、Xeroxはコピーの代名詞だ。こうして変身を遂げると実物よりも寿命が伸びる傾向があるが、不老不死というわけでもないらしい。

 量販店のデジタルメディア・プレーヤーのコーナーでカラフルに並んだウォークマンを見て女子高生がはしゃいでいる。「あ!これ、ソニーのiPod!」 私はどうやら世代交代の瞬間を目撃したようだ。

(「毎日フォーラム 日本の選択」2008年6月号に掲載)

英語で喧嘩を売る方法

 とある業界でそこそこ有名な教授の講演後、懇親会で少しお酒が入って口がなめらかになった日本人男性が先生に近づき英語で話しかけた。礼儀正しく名刺を交換したまではよかったが、その後通訳者は思わずギョッとする。この高名な先生に向かって “You’d better…” を連発し始めたのだ。

 「こういう事例も検討されたらいかが」と建設的な進言をしていらっしゃるつもりなのはその表情からも明らかなのだが、いかんせん “You’d better…” はどんな言い方をしようと上から目線。母親が子供に “You’d better hurry!”「ほら、急がないと!」上司が部下に「すぐ謝った方がいいな」もしくは自分のことを “I’d better run.” それを聞いた友人が “Yeah, you’d better.” 逆さにして振ったって「されたらいかが」の謙譲の気持ちは出てこない。「~した方がよい」と教える中学校英語の弊害である。

 “Have you ever thought of…?” も相手の能力を疑っているようで失礼だ。こういう時は ”It may be interesting to…” のように婉曲的な言い回しを使うと相手の気持ちを害せずにすむ。

 いつだったか ”You Americans …, we Japanese …” を連発される方もいた。敬語があるつもりで直訳するべからず。「皆様のような米国の方は私ども日本人とは違って~」と言いたくても「あんた達アメリカ人は我々日本人と違って~」と聞こえてしまう。

 表敬訪問に訪れた先で、先方の重役が満面に笑みを浮かべて “Sit, sit.” それでは犬に命じる「お座り」だ。”Please, have a seat.” とおっしゃっていただきたい。

(「毎日フォーラム 日本の選択」2008年1月号に掲載)