デビュー間もない通訳者が「彼はわが社にとって価値ある財産となってくれると思います」という発言を同時通訳していて He will be a valuable asset to the company, I think. とやってしまった。文末の「思います」に引きずられたのだ。聞こえたものはとにかく全部訳すように教えられた若手がやりがちな間違いだ。さらに言えば通訳という作業を「訳す」作業だと思い込んでいるとやりがちな誤りでもある。「思います」をそのまま後付けしたら「自信はないけど、たぶんね」という何とも心もとない応援になり下がる。
通訳とは「訳す」仕事であると思われがちだが実はそうではない。「伝える」仕事なのだ。通訳学校の生徒たちにもかつては文脈に合わせて意図が伝わるように訳しなさいと指導していたが、どうやらそれでは不十分だったらしく、無理やり訳してものすごく不自然な英語をひねり出すケースが目に余るようになってきたので、最近は「日本語で言わんとしていることと意味的に等価な表現を英語から探しなさい」と教えることにしている。
そのように考えると日本語の「思います」はトリッキーだ。その思いは英語の think よりも幅が広い。「彼女は怒っていたんだと思います」ならば他人の気持ちの推測なので I think she was mad at me. で大丈夫そうだが「出馬しようと思います!」と力強く言ったはずなのに I think I’ll run in the election. としてしまったら「出馬することになりそう」と、何だか腰砕け。日本語ではよくある決意表明の「思います!」に think は禁物なのだ。
「これから皆さんのご協力をいただきながらこの分野に力を入れていこうと思います」という通訳者の日本語訳にちょっとだけ日本語のできるアメリカ人がクレームをつけた。「思ってるんじゃなくてやるんだよ!」……やれやれ、「思います」= I think と思い込んでいるのは日本人だけではないように思います。
(「毎日フォーラム 日本の選択」2016年8月号掲載)