古今東西略語の世界

 大学時代にアルバイトをしていた会社にはテレックスなるものがあって、文字を送るための通信時間で課金されるためplease をpls、shipmentをshpmtのように略すことを教えられたが、実はTelex自体も Teletype Exchange Serviceの略語だった。その後fax (facsimile)が普及しmodem (modulator- demodulator)を使ったコンピュータ通信が当たり前になり時代はあっという間に変わったが、テレックス時代の略語はウェブworld wide web上のチャットやeメールでも健在だ。FYI for your informationやASAP as soon as possible等はおなじみだと思う。略しても分かるものは略してしまえというのが洋の東西を問わず人間の性のようで、コンビニやエアコン、空調、地デジを略さずに言う人はおそらく皆無だろう。

 今では訳す必要もなくなったCEOの肩書きがアメリカで普及したのはテレックス全盛期の’70年代半ばから後半のことらしい。その後CFO最高財務責任者やCTO最高技術責任者も一般的になり、CとOの間にはFinancialやTechnologyばかりでなく、InformationやらOperationsやら、Investment、Security、Privacy等々、ありとあらゆる言葉が入るようになって、これらを総称する略語が必要になった結果生まれたのがCXOs。Xは何が入っても良いという意味だ。

 これを利用して、とてもフルネームでは言えない文部科学省の英語名の略称をMEXTとしたのは素晴らしい英断だった。一方、2001年の中央省庁再編時、総務省の英語表記はMinistry of Public Management, Home Affairs, Posts and Telecommunicationsで略してもMPHPTと長い上に覚えにくく、評判はすこぶる悪かったが、2004年にMIC、Ministry of Internal Affairs and Communicationsへ改称される。「これじゃあ長くて分かりにくい」と変更への音頭を取って通訳者の称賛を浴びたのが当時の総務大臣。

・・・さて、誰だったでしょう・・・?

(「毎日フォーラム 日本の選択」2009年2月号掲載)

今年の丑はどんな牛

 丑年 year of the ox (in the Chineze zodiac)が幕を開けた。お釈迦様の元に出向くのに自分は歩みがのろいからと他のどの動物よりも早く出かけて一番に到着したのに、ちゃっかり自分の背中に乗ってきたネズミに一番を取られてしまったという物語を子供の頃に聞いた。のんびりした動物というイメージがあるため牛歩のごとくと言われたりするが、英語にもいつになるものやらという意味で till the cows come home と言う表現がある。また牛歩を訳す時の定番 at a snail’s pace の蝸牛にも牛が入っているのが面白い。角があることに加えて、動きがゆっくりしていることからの連想に違いない。

 牛にもいろいろあって闘牛や暴れ牛はbullと呼ぶ。野球のブルペン bullpen はもともと牛の囲い場だ。a bull in a china shop 陶磁器屋の中の牛というなんともヴィヴィッドな表現は不器用な無骨者のことだが、みんなが気を遣っているのに気づかずぶちこわし発言をしてしまうKY(空気読めない)諸氏にも当てはまる場面がありそうだ。

 アーチェリーやダーツの的の中心を bull’s eye と呼び hit the bull’s eye と言ったらどんぴしゃの大当たりのこと。paint a bull’s eye と言う表現を聞いて、だるまに目を入れるようなものかと思ったら、本来は的でないものを標的にするというちょっと怖い意味だった。

 牛とクマがペアで使われるのが市場の相場だ。bull market というと上げ相場を意味するが、これは一説によると雄牛が戦う時に角を突き上げるからと言われている。一方腕を振り下ろすクマに例えて下げ相場は bear market となる。

 ちなみに兜町では「丑つまずき」と言って下げ相場の年になるとの格言があるそうだが、前年の「子(ね)は繁栄」が大はずれだったのだからあまり気にすることもないだろう。この際少々KYだろうが無骨だろうが元気の良い bull の方になってくれることを祈りたい。

(「毎日フォーラム 日本の選択」2009年1月号掲載)

以上でもない、以下でもない

 通訳者が一人で逐次通訳をする場合の目安は3時間以内で、それより長丁場more than three hoursになると2名以上more than one必要になる。もちろん一緒にステレオで訳出するわけではないので、片方はサポート役として数字や固有名詞をメモしたりする。

 ある時、屋内配線の国際資格取得のためのセミナーで逐次通訳をした。ケーブルの引き回しに関して曲げる回数がless than fourでなくてはならないという指示があり、私が「曲げは3回までにしてください」と訳したとたん、隣でサポートをしていた若手の通訳者が大慌てで目の前のメモ用紙に大きく「4」と書いてくれた。でも「4回以下」と言ってしまったら4回曲げても良いことになる。英語のless thanは未満の意味なので4回曲げてはいけないのだ。文脈上3.8回曲げるなんていうのはあり得ないので、3回までが正解なのである。ただ思ったとおり受講者からも「4回と聞こえた」と質問があり、講師に確認しながら説明を加えた。またその後の相談で誤解を避けるためthree bends or lessと言ってもらうことにした。”Don’t use more than 5 bolts.”も「5本以上使ってはいけない」だと4本までしか使えないことになるので「ボルトの使用は5本まで」と訳した方が誤解がない。

 野球のボールカウントが日本と逆でtwo-oneだったら1ストライク2ボールになったりするので、数字は機械的には訳せないことがある。4ゲーム先取のことをthe best of 7 gamesと言うのは最後まで競り合うと最大7ゲーム行うことになるからだ。元号も通訳者にとっては鬼門だ。西暦に直さなくては英訳できない。

 どんなに外国語に熟達しても計算は母国語でしかできないと言われる。特に日本語は位取りが異なるので、企業の時価総額を何のひねりもなく訳すのにもみんな若い頃苦労する。ただフランス語のように91を20の4倍足す11quatre-vingt-onzeと表現する言語があることを思えば英語はまだましだと思うしかない。

(「毎日フォーラム 日本の選択」2008年12月号掲載)

「AIGが一大事~・リーマン傲慢」?

 今回の金融危機の引き金となったリーマンやAIGの元経営陣が得ていたとてつもない報酬は、庶民からは3桁three orders of magnitudeはずれた感覚だ。短期的に利益を上げたCEOが多額の報酬を受け取ることを容認してきた米国の投資家だが、今年の株主総会の時期に話題になったのがsay-on-pay。CEOの報酬に株主のYes/Noを問おうというもの。聞いてみるだけで拘束力は無いが、英国やオーストラリアなどでは法制化されある程度効果を挙げていると言う。

 さて、お気づきのとおりsayとpay、rhyme韻を踏んでいる。英語にはこういう言葉遊びが結構多くて、walk the talk有言実行、shop till you drop買いだおれ(?)などは良く耳にするし、毒をもって毒を制すfight fire with fireは頭韻のパターン。最近ではtech wreckネットバブルの崩壊とか、BRICsがhero to zeroになるのでは、という表現も聞いた。人間は同じ音、似た音が重なるのを音楽を聴くように心地よいと感じる。西洋、中国の詩歌で押韻が発達したゆえんだ。

 一方日本では七五調というリズムで気持ちよさを追求する方向を選んだ。残念ながら音を合わせる言葉遊びはあまり高尚なものとは見なされず、地口、駄洒落、はては親父ギャグとまで呼ばれ、引くだの寒いだの、聞かされると脳の活動が一旦停止するだの散々に言われてきたが、庶民はめげない。浅草伝法院通りには脱力系の地口行灯が並び、恵比寿大黒が「恵比寿大根食う」になったり「飛んで湯に入る夏の武士」が描かれたりしているし、CMの「バインダーが無い、頼めばいいんだ~」なんてなかなかよく出来ている。「舌切り雀」の地口「着たきり雀」は広辞苑に収載されるほど出世した。日本語のラップが受けているのも韻を面白がる素養があるからだ。駄洒落大好きなgagster、jokesterの皆さんにも高度な言葉遊びなのだと自信を持っていただきたい。

 ただし、お願いですから通訳させようとは思わないでください。

(「毎日フォーラム 日本の選択」2008年11月号掲載)

気になる腹回り

 英国の国際経済誌The Economistのアナリスト事業部門EIUが定期的に行っている経済見通しの説明会が開かれたのは、よりによってリーマン・ブラザーズの破綻が報じられた翌日で、いつもより広い会場を用意したと言うことだったが立ち見が出るほどの大盛況だった。人生でもっともドラマチックな週末だったと切り出したエコノミストは、六本木ヒルズにあるリーマンのフロアでは夜通し煌々と明かりがともっていたと溜息をついた。新聞やオンラインメディアではbelly upの見出しが踊っている。bellyはベリーダンスでおなじみ「腹」のこと。死んだ魚が腹を上にして浮かぶ様子からbankruptと同様、破綻・破産を意味する。

 日本語でも腹はへるばかりでなく、立ったり据わったり、切られたりくくられたりと忙しい。中には一物抱えた腹hidden agendaまであるが英語でも大活躍だ。An army marches on its stomach.と言えば文字通り腹がへっては戦は出来ぬ。The belly has no ears.空腹の人に何を言っても腹には落ちない、衣食足りて礼節を知る。バイキングで食べきれないほどお皿を山盛りにしている人がいるがThe eye is bigger than the belly.でついつい手が伸びてしまうのだろう。この表現、「別腹なの~」という言い訳にも使えそうだ。

 腹は誰にだってあるものなのにあえてHe has a belly.と言ったら、最近気になるメタボ腹。今年の4月から健康診断で腹回りを計るようになったのは内臓脂肪型肥満の目安になるからだ。これに加えて高血糖、高血圧、脂質異常のうち2つ以上があてはまるとmetabolic syndromeと診断される。syndrome Xとも呼ばれ動脈硬化や糖尿病になる確率が高くなる。「最近メタボが気になって」のつもりで”I’m metabolic.”と言って怪訝な顔をされている人がいたが、それもそのはず、これでは「私は代謝しています」としか解釈のしようがなく、聞く側も「私は生体として機能しています」と言われたのと同じ反応しかできない。

(「毎日フォーラム 日本の選択」2008年10月号掲載)